ある教会兵のひとりごと 【噛みしめたサンドイッチはなぜか塩辛かった】


俺の務める教会の武力兵団には、今ひとり特別な兵士がいる。




 一言に教会兵と言っても、俺たちは結構な人数だ。

 教会の第3地区教会兵武装兵団のまとめ役は、言わずとしれたギョクト・ノウスカンヘル卿。背中まで銀髪に大体でっかいリボンをつけた、ちょっと変人な司教様。若いけれど頭が良くて、教会総本部でも信頼が厚い。おかげで、エインフェリアとの戦いの最前線となっている第3地区の防衛指揮を任されている。
 ちなみに、第1区が総本部のある帝都中心地区、第2区が化け物どもと戦う中心機関・新研究院(通称ユミル)が構えられている帝都西部地区。第3区ってのはその他外縁の居住区のことだ。
 それだけみれば、その人がかなり重要な権力を任されているとわかるだろう。最前線の時間との勝負に勝つために、2区の研究院とも綿密なやりとりがされてるらしい。かつては武装兵団と研究院はつゆほども関係がなかったけれど、今は作戦立案や武器開発で濃密なやりとりが出来ている。それを基礎から作ったのも、その人だ。

 まぁ、重要なのはそこの話じゃない。
 この武装兵団は、まず4つの師団に分かれてる。それぞれ、第1師団が対強硬殲滅師団、第2師団対防衛専門師団、第3師団が情報戦を主とする潜入部隊。
 そして近年新設されたのが第4師団。対エインフェリア専門殲滅師団・通称十字師団(セイント)。今現在武装兵団のなかでも花形だ。
 いまこのときも国を世界を脅かしている化け物たち【エインフェリア】への対抗に、命をも懸ける武装兵の鑑たち。


 化け物たちは本当に理解の範疇を超えている。
 まず、普通の武器が全く効かない。一応傷つけることくらいはできるんだけれど、すぐに治っちまってあまり意味がない。戦闘が開始された初期の初期、たとえ相手が何者であろうと俺たち第武装兵団の一番の武器は伝統にのっとった剣であり、鍛えぬいた短剣・格闘術だった。けれど、相手がこんな化け物では歯が立たず、当初はものすごい勢いで兵が殺されていった。
 やつらは1匹ではなく、どんどん勢力拡大していったのだから、まったく手におえなかった。

 けれど、ある時大きな転機が訪れた。
 帝都研究院が化け物どもに特効の武器を開発した。その詳細は明かされていないが、特殊な加工を施した【聖石】とやらを使った武器は、化け物どもの回復を阻害し確実にダメージを与えた。
 惜しむべきは、量産に向かないのか第4師団分しか開発されず、しかも戦闘時の最前線に配布するのが精一杯というところだろう。現状、大型小型にかかわらず、武器が【銃弾】という消費物になってしまうのもひとつの理由かも知れない。

 エインフェリアどもは個体ごとに能力が違ったり、大きさ強さも化け物級であったりと、生身の剣や格闘が通じる相手ではなかったからだ。聖石武器はもっぱら飛び道具メインとなり、俺たち人間は遠くから奴らを仕留める、それだけが対抗手段だった。



 しかし、そこにある日突然新設されたのが、【第4師団13部隊】という縁起でもない数字のつけられた部隊。
 これを命名するのは司祭様だから、あの人の皮肉の可能性もある。というのも、この13部隊はエインフェリア相手に【白兵戦(剣やナイフ格闘術で生身の接近戦)】を行うことを前提とし展開する、トチ狂ってるとしか思えない部隊だった。
 そして、そんな命知らずな部隊に配属されたのが… 冒頭の、あるひとりの特別な兵士である。

 様々な噂が飛び交う教会兵団内で、彼は名前を知らない人でもこの言葉で通じることが多い。【13部隊の赤毛の男】。
 なんといっても、噂ではその部隊たった一人、彼だけしか配属されていないのだから。





「昨日までの南西部の作戦、無事終わったらしいな。」
「へぇ、なんだっけ、街がエインに襲われたっていう。」
「生存者いなかったらしい。結局根ごと焼き払ったって。」

 朝食のトレーを持ってくると、たとえ爽やかな朝でも自然とそんな話になる。
 いちいちショックを受けることもなくなったが、街一つ壊滅したと聞くと、やはり気分はよくない。

 【根】というのは、ユグドラシルと呼ばれる遠い北の大地に出現した大木から生まれたと言われているものだ。
 出現したばかりのものを避難誘導の際に見た。確かに表面は木の様だけど、遠目で見ても巨大すぎて気持ちが悪い。家一軒を破壊し道路の舗装をめちゃくちゃに砕くようなサイズで、ある日突然地面から生えてくる。
 その根は時間がたつと表面に青白い文様を輝かせ、【毒の霧】を生むという。そして、その霧に誘われてエインフェリアが寄ってくる。
 だから、根が出た時点で一般市民は非難させ、周囲一帯を封鎖する。根を焼き払えば一時しのぎにはなるものの、すぐにまた根が張り、霧を生む。大地の浸食は最初の出現からかなり進み、じり貧だと世間の空気は重い。

 教会兵舎の食堂の味は『まぁまぁ』だ。スクランブルエッグをフォークの先ですくい、半分にカットされたクルミのパンに挟み込む。香ばしく焼かれたソーセージの挟んでしまえば、そこそこ美味いサンドイッチの完成だ。…おっと、サラダはサラダで食う。パンにはさんだレタスって食べにくくないか?

「作戦ってやっぱ駆り出されたの? 赤毛の。」
「そりゃ行くでしょ。っていうか、対エインの前線には必ず行ってるんじゃないか?」
「まじか。休む暇もねぇな。」

 赤毛の、の言葉に一番思い出すのはあの屋内運動場での出来事だ。
 生意気な新兵は今や教会の対エインフェリア戦でのエースだ。というのも、

「休息いらないのかもよ? だって彼人間じゃないんだろ? エインフェリアならさ。」
「それなー。」

 そう、彼はエインフェリア。憎きこの国この世界の敵でありながら、どういう経緯か教会に協力している。
 13部隊はいわゆる彼の為の部隊で、その指示系統も直接司祭様から直通しているのだ。

 彼の正体と正式な配属先が発表された際、武力兵団内はもちろん教会内部は大荒れだったと思う。当然人外が目の前をうろつくなど恐ろしすぎて、当初は軽いパニックも起こった。
 しかし、この武力兵団内はトップの司祭様のおかげかざわつきはなんとか収まり、話題当人もどうみてもただの生意気な新人兵士といった体で、…ぶっちゃけその辺の人間よりよっぽど喜怒哀楽のはっきりした人間らしいもので、なんとなく受け入れられている、そんな雰囲気だ。

 もちろん、彼を恐れて遠巻きにし避ける人間も多いが、概ね兵士たちは落ち着いた対応を取っていた。
 外部に関しては、彼の容姿についてあまり話題にされていないのか、普通に生活しているようだ。外見がちょっと派手な以外人間と何も変わらないんだから、そんなものなんだろう。


「なんか俺噂で聞いたんだけれど、あいつ眠らないし食べないしでも生きて行けるらしいぜ… やっぱ人間とは違ってるんだなぁ…。」

「眠るし、食えるっつの。俺はイキモノだよ。」


 突然のやや不機嫌な言葉に、俺たちは硬直し、振り返った。
 大柄ではないが小柄でもない、よく見ると割としっかりした筋肉をつけているのに着痩せして見えるのか、そんな燃えるような赤毛の青年が、腕組みをして呆れたような顔で見下ろしていた。
 噂話をしていた友人は真っ青だ。もう可哀想なくらいに真っ白だ。

「え…あ…、す、すみま」
「なー、俺の飯はいいんだけれど、ここって燃料売ってる?」

 燃料は食堂には無い。

 思わず内心で突っ込んでから、驚きに動揺した脳みそを生き返らせる。この場合、燃料がどこにあるかを答えるのが親切だろう。
 そう、この後ろに立つ赤毛の男が噂のエインフェリアで間違いないが、噂話をされたくらいで、相手を怒って食い殺すような野蛮な性格ではないことも知っていた。

「燃料って、ガソリンとかですか? それなら、たぶん物資調達係に直接伝えたほうが…。」
「ガソリン…。いや、ガソリンじゃあ無さそうだ…。どっちかっつうと電池かな…。」
「電池なら、普通に売店でもかえるんじゃないですかね。」

 燃料と電池はだいぶ違うような気がしたが、青年の思考回路はよくわからない。
 そんな普通の会話に、蒼白になっていた友人もだんだん顔色が戻っていく。ちなみに、視線がとても突き刺さるのは、食堂中の視線がちらりちらりとこちらを伺っているからだ。
 なんだって、俺たちに話しかけようと思ったんだろう。彼は。

「電池っても、ちっちぇえのじゃ多分だめ。入れるところなかったし。車のバッテリーとかならいけるかも。あれ売ってるかな?」
「…バッテリーは… やっぱり補給物資係に行ったほうがいいんじゃないですかね…」

 一体何に燃料を加えたいんだろうか。
 そんなこちらの困惑が伝わったのか、彼は困った顔で額に手を当てて、何やらつぶやいていた。【やっぱり、何が飯なのか聞くべきだった】と。
 誰が燃料を食うんですかね???


 と、そこへ、


「…センカ、私は燃料を食べません。」


 静かで感情の起伏の全くない、けれど鈴を振るように良く澄んだ女性の声がした。いや、女性というより、少女。
 ぎょっとして声の方に今度は視線が集まる。

 そこには果たして、大きな男性用シャツを羽織っただけの黒髪の美少女がいた。そう、無表情なのが少しだけ惜しかったけれど、真っ白な肌に赤い唇大きな金色の目の小柄な少女だ。
 むさくるしいか、ガタイの良いアマゾネス、あるいはおばちゃんくらいしかいない兵団内に、明らかに浮きまくった少女が、大きい男のものシャツ だけ を着て、

 走った衝撃に誰一人突っ込めずに動けずにいる。誰か上司を呼べ。むしろ司祭様を呼べ。いたいけな少女が狼の群れに迷い込んでいる。

「あっ ばっか、カエン、部屋にいろって言ったのに…! まぁ、来たものはしょうがねぇけど…じゃあ何食べるんだ?」
「経口摂取で問題ありません。センカと同じものを。」
「はいよ。おばちゃん朝食プレート2個。片方は葉っぱ抜き。」

 何事にも動じないおばちゃんが、言われた通りの朝食プレートを作ると、二つを受け取った青年はそのまま食堂を出ていく。
 その後ろを、美少女がついて行く。よく見ると、すらりとした白い足先は裸足だった。
 ただでさえ赤毛の男がくるとなんとなくざわつく兵団内だが、今はさらに美少女付きとあってもはや大恐慌だ。
 けれど、目を見開いた人々の間を歩くふたりは、あまりそういったことに興味がないらしい。


「服乾いてたか?」
「いいえ。ここの気温と湿度では乾燥機を使用しないとまだしばらくかかります。使用の許可を。」
「あー… うん、もう俺の部屋の勝手に全部使っていいよ。俺よくわからねぇし。」
「了解しました。」

 なるほど、服を濡らしたか洗濯したが、今朝になっても乾かなかったらしい。乾燥機の使用許可をわざわざ確認するなんて、なんて丁寧で誠実な娘だろう。
 そして青年は自分の部屋の家電の使用許可をあげたわけだ。そうだな、部屋にいるのにいちいち聞いていては、今後も大変だ。


「……今の子、彼女かな。」
「……同じ部屋にいたみたいだなー。」

 なんだかぼんやりとした友人が二人を見送りながらつぶやいた。
 俺の声も心なしか空洞だ。
 彼はエインフェリアだから人間の男と色々と同じなのかはさっぱりわからないが、取りあえず、



「………今の子もエインフェリアなのかな。かわいかったなー…。」
「………さーな…。」


 頭を振って、挟んだまま放置していた卵ウインナーサンドへにかぶりついた。相変わらず、まぁまぁな味付けだ。
 噛みしめたサンドイッチはなぜか塩辛かった。





 
リア充爆発しろ。



- end -