ある教会兵のひとりごと  【最近、ちょっと目立つ新人が入ってきたと噂になっている。】


 最近、ちょっと目立つ新人が入ってきたと噂になっている。


「俺、この間食堂で見たぜ。あれだろ、メッチャ派手な髪したやつ。」
「あ、俺もそれっぽいのみたわ。訓練場の入り口ですれ違ったぜ。」

 俺たちの所属する教会は、内部が複雑に組織別けされた巨大な公的機関だ。トップは王様と同義の教皇様、その下に広い国を大きく三つに別けた3大司教。ここまでは俺も名前と顔を覚えてる国のお偉い人たちだ。
 そこまでが政治と法をかねてて、その下に司教様。司教様はお仕事ごとに色々と別れてるもんで、俺も知らない人が一杯いる。
 俺とそのチームが入ってるのは、いわゆる兵力執行機関のほうで、それも防衛に特化した武力兵団のほうだ。(俺たちと似てる側に法執行機関もあるけれど、ぶっちゃけあっちの人間とはあまり仲が良くない。俺らの活動の監視も兼ねてるから、頭が固くてうるさい連中だ。)
 武力兵団の俺たちの仕事といえば、かつては他所の国からの防衛だったり、他宗教集団との争いごとの前線ったわけだけれど、俺が入団した頃には大きく仕事が変わってた。
 つまり、あの正体不明の化け物どもとの戦闘の最前線だ。…俺がここに配属されたと知って、かーちゃんは泣いた。きちんと指示に従ってれば下っ端の俺は封鎖線維持とか避難誘導が主で、そこまで直接危ない任務はないけれど…説明しても心配なものは心配なんだろう。

 そんな俺たちが待機指示の時は、一日中訓練や演習、次の配備に備えた配給品整理、安全地帯の復興支援や防壁作成が主な仕事になる。
 日課の訓練はみんな慣れたもので、大声で雑談したり極端にふざけてなければチームリーダーや訓練官も見逃してくれる。

「へー。俺まだだな。そんなに目立つのか?」
「とにかくすごい赤毛。あれは染めてるんじゃないかと思うんだけれど。上官がノータッチってことは、なんか特別待遇なんじゃないかな。」
「しかもさ、こう、片側隠れてるんだぜ。前髪で。」

 そういって、模擬戦用ナイフを片手に持ったまま、彼は顔面の左半面をなでるようにして覆う。…そんなに視界を覆っていたら邪魔で仕方ないだろう。噂の新兵は兵士じゃなくて文官なのか?
 こうも噂話が飛び交っているのは、ひとえにその容姿がとにかく目立つかららしい。

 教会への新規入団は基本的には春だ。新兵として採用され1年程度の文武基礎訓練を受けて各部署に配属される。ごくたまに次期によらず臨時で入隊するものもいるが、それでもどこどこに人が増えたとか話にのぼる程度だ。(そういった場合は新人よりも、急にその部署の人数が減った事に対する噂のほうが広まりやすい。)
 しかしあの化け物どもが増えた昨今は志願する臨時の兵も多くて、秋から入隊したものも増えてきた。正規からみると半人前の彼らは、主に地元の町に常駐しての安全監視の任務につくらしい。下っ端の兵は増えるが、教会支給武器は追いついていない…ようだった。

 要するに、ひとり増えたところでその立ち居振る舞いで新人だろうとわかっても、個人までわかるわけが無いのだが、その新人は『とにかくど派手な赤毛の男』で、ついでに、『教会の制服をかなり着崩した不良』らしい。…新兵ならかなりの度胸だ。


 そんな雑談に興じていると、訓練終了の指示が飛び、俺たちは使っていた模擬用サポーターや訓練着を仕舞いに立つ。汗臭いロッカールームを抜けて、いつもの流れで食堂へむかう途中、後ろからぽんと肩を叩かれた。
 振り返ると。同じチームの先ほど噂話に興じてた友人たちだ。

「飯食ったらちょっと身体動かそうぜ。もうすぐ試合あるから、練習付き合えよ。」
「ああ、バスケか。いいぞ、食ったら行くよ。」

 あれだけ訓練で動いた後にまたスポーツかと呆れるなかれ。俺たちは肉体労働中心の筋肉馬鹿なのだ。文官や法執行部の犬どもいわく。




 食堂で腹を満たし、広い教会本部に入っている娯楽施設群へと向かう。
 兵団の基礎訓練時は強制的に1年は本部に待機となり、まともに外出も出来ない。配属されたらされたで、1、2ヶ月本部待機になる事も珍しくない。そんな兵たちの為に、この広い本部内にはそれなりの娯楽施設もある。
 といっても、図書館や個人シアターが使える視聴施設、スポーツを中心とした屋内屋外施設が主で、いわゆる大人の遊びはご法度だが。…ちなみに、酒もご法度だが、部屋でこっそり飲む輩は多く、問題さえ起こらなければ黙認となっている。

 広い屋内運動場の一角で、割と真剣にボールのやり取りを繰り返していると、ふと相手が気を逸らした。
 俺はそれを見逃さずに手の内のボールを奪い取り、すかさず頭上のリングネットへ向って放り投げる。狙い違わずボールはその中心へと吸い込まれていった。

「余所見なんてするからだぞ。これ俺が勝ったら夕飯おごれよ。」
「いや、…ほら、あれ、あれだよ、噂の。」

 引き合いにされた晩飯に少し引きつった笑顔を見せた後、目と顎で示されたほうを振り返る。
 施設入り口を少し入ったあたり、人種入り乱れた金、茶、黒の頭の中に、ぽつんと一際目立つ猛烈な赤があった。正確には猛烈な赤毛がひとり壁にもたれて運動場を眺めていた。
 年齢は新兵というに違和感の無い20前後の青年。軍制服ではなく、教会支給の訓練用Tシャツにハーフパンツ、スニーカー。服装的に着崩しているという噂の確認はできないが、その髪色で充分に異質だ。

「確かに、すごい色だな。…何してるんだろうな。」
「さぁ。でも、あれちょっと目立っててそろそろ良くないよな…。」

 その上その態度が悪い。パンツのポケットに両手を突っ込み、もたれた姿勢で片足を遊ばせているのはいかにも『ダルそう』だ。
 案の定、筋肉馬鹿と称される俺たち兵団のどこかの本当の馬鹿が目をつけた。筋肉質で大柄な体つきの一団は恐らく先輩兵士達。良く鍛えられた肩周りをいからせて、威圧感を見せ付けながら新人に近づいていく。
 流石にこんな場所でケンカごとにはならないだろうが、その光景に色々と察してしまったのか、賑やかだった運動場内が徐々に不穏なざわめきにかわっていく。
 赤毛の青年は決して小柄ではなかったが、壁際だったせいでよく見えなくなった。辛うじて目立つ頭の先が覗く。

「やばそうだったら上官呼ぶか?」
「そうだな…。」

 離れていてやり取りは良く見えなかったが、何度か会話のあった後に、なにがどうなったのか、新兵と一団がわらわらとこちらに向ってきた。
 ぎょっとして固まっていると、軍団のリーダーらしき金髪を短く刈上げた男は、バスケットコートの隣…格闘訓練と遊戯を兼ねたコートへと入っていった。
 どうやら、ケンカではなく格闘技で生意気な後輩を〆めようということだろうか。乱闘になるよりはずっと健全だが、訓練半ばだろう新兵に大人げ無さすぎないかとも思う。同じような心配顔は他にもいて、自然とそのコートの周りに人が集まってきた。

「実戦格闘術なめんじゃねぇぞ新兵が。取り消しな。」
「俺は別に馬鹿にしてねーし。だから、怪我したくなかったら俺とケンカとかやめとけっつーの。」

 おや、と周りも目を合わせる。てっきり、生意気な新人に筋肉馬鹿がケンカを吹っかけて…というよくあるパターンを想像していたが、どうやらこの新人が予想以上に煽っている。
 コートに立った新人はポケットに手を入れたままで特に気負った様子も無く、その態度に金髪刈上げが額に青筋を立てた。

 兵式の体術の構えは結構本気だ。新人の態度にこてんぱんに伸そうと決めたのが伺える。恐らく事情を知っているだろう仲間達からも、やや切れぎみの野次が飛んだ。
 ただ、刈上げは構えもしっかりしていて訓練にいそしんでいるのが良くわかったし、兵士としてお灸をすえる程度で済ます理性はありそうだった。
 新人は青痣を作るくらいで勘弁してもらえるだろう。周囲もそんな苦笑が広がって、頑張れ新人!なんて応援まで飛び出した。
 …もともと、このスポーツ施設を使うのは主に職業武力兵団のメンバーくらいなのだ。ようするに、みんな脳みそが筋肉だ。


 だから、その後の展開にはその場の皆がぽかんと目を開いて固まってしまった。

 金髪が綺麗なフォームで格闘術の繰り出す。それは本当に教科書通りで、やはりこの刈上げかなり真面目に鍛錬に励んでいる。
 鍛えられた身体から繰り出されたアーツは見るからに重くて、比べると細身に見える新兵は、下手するとこの一発でKOかもしれない。そんな予想さえ立った。恐らく金髪もそう思ったはずだ。
 一発目の左拳はボディー、反動で下がった相手の顎を利き手の右拳で打ち抜く基本中基本のボディーアッパー。
 その左が新人の腹に入り鈍い衝撃音、追って下がった顎下から狙った右拳が、容赦なく青年左ほほを打ち上げる…そのはずが、金髪の動作は不自然な位置で止まった。バシンと響いた音の不自然さに、周囲ももちろん、殴った金髪本人も目を見張った。
 打ち抜くはずの金髪の右拳は、いつの間にかポケットから出されていた青年の右掌に、頬に届く直前で受け止められていた。
 指の長い大きな手が、震えもせず一回り大きな拳を受け止めている。

「歯ぁ食いしばれー」

 青年のやや気の抜けた声が響き、突如、金髪の身体がかしいだ。

 そこからは一種映画の撮影でもみているようだった。

 かがめていた身を起こした新人が、掴んだ男の右拳を引き込むようにして自分の右後方へ引っ張り、巻き込むようにして自分もくるりと背を向ける。
 半ば背負うようにした金髪の腕に左手も添えて、そのまま上半身を使って勢いよく床に叩き付けた。
 まるで軽々と空を飛ぶように投げられた金髪は、怪我が無いように低反発のマットレスを張られた床とはいえ、ドシンと強かに背を打ち付けて呻き声をあげる。

「大丈夫かー?」

 その男を上から覗き込む新兵の心配げな瞳は、赤い髪に相反した鮮烈なほどの青色だった。
 何処までも派手な色彩の彼を見上げて、ふいに金髪の顔が固まった。その反応に新人は怪訝そうな顔をする。
 と、


― パン、パン、パン!


「何をしているんだい、君達、というか、センカ。大人しく待ってるように言ったはずなんだけれどねぇー?」


 静まり返った運動場に、突如響いた柏手の音に、その場の皆が音の主を振り返った。そして慌てて敬礼をとる。
 コートに集まった俺達の輪のやや後ろには、いつの間にか教会の司祭位を現す赤襟の制服を着た、長い銀髪の男が立っていた。
 華やかに背を覆って波打つ銀髪とそこに飾られた派手な髪飾り。こちらもなかなか突飛な格好をした男は有名だった。ノウスカンヘル卿、ノウスカンヘル司祭、当教区武装兵団TOP…要するに、俺達の一番偉い人。
 突然そんな人に後ろに立たれて、俺達一般兵は冷や汗ものだ。何も悪い事はしていなくても恐いものは恐い。

「ああ? ちゃんと待ってただろ、ていうかお前が遅いんだろ。」

 そんな周囲の緊張などお構い無しに、新兵が反論した。口答えした。敬礼するしないどころの話でもなく、ふんぞり返って腕を腰に当てて不敬の…もう突っ込みどころが多すぎて良くわからない。
 ノウスカンヘル卿は慣れているのか、落ち着いた様子で先ほど小気味よい音を立てた白い手袋の手を仕舞いそのまま腕組みした。そしてフンと顎を逸らす。けれど、そのスミレ色の目は眼鏡奥で面白そうに細められている。
 この司祭は見た目もかなり変人じみているが、性格もかなり特殊だ。赤毛の新人の噂でもちきりの兵団内だが、もともと噂の塊だったのは司祭の方。頭の固いジジババの司祭が多い中、若くして昇り詰めた彼だから、むしろ当然なのかもしれない。

「どこが大人しくなんだい、ケンカまでして。その大事な兵士が怪我でもしてたら、君しばらく独房に戻すよ、もちろんご飯はサラダにする。」
「はぁ!? ちゃんと手加減してるし、なぁ、アンタ怪我してねぇだろ? ちゃんと背中から落としたし、勢い殺したし大丈夫だろ、立ってあいつに言ってくれよマジで! 飯が葉っぱになる!」

 独房謹慎よりもサラダ飯に反応したらしい彼が、慌てて床に転がっている先輩を引っ張り上げている。
 先ほどもそうだが、彼は体格の割りにかなりの怪力だ。軽々と自分よりふた周りも大きい相手を投げた上、今もやすやすとひっぱり上げている。ただ、強かに背中を打った金髪からすると、乱暴に起されるのは勘弁して欲しいところだろう。

「…す、すいません…。大丈夫です、怪我ありません…。」

 それでも、突然の責任者の登場に大事にはしたくないらしい。金髪の言葉に、器用に片眉を上げた司祭は、自然に分かれる人の波を抜けてコートに入ってくる。
 そして兵士の足から頭の先までを目で検分した後に、なにやら低い声で囁いたようだった。
 金髪を支えていた新人(センカというのか)は、何度か頷き、金髪がなにやら引きつった顔をした。

「目立つものは無いが、後できちんと医務室へいくように。問題があったら遠慮なく伝えてくれ、そこの馬鹿者はまだ躾中…じゃない、訓練中だから加減が利かなくてね。迷惑をかけたね。」
「躾とかいうな!」
「サラダ?」
「スイマセンデシター」

 そして、軽口もかくやというやり取りの後、新人は司祭に連れられて慌しく訓練場を後にした。その間にも、君は僕の言った意味がわかってない、お前の話はあいまいでわかりにくい…などなど、言い合いが続いている。
 …それはまさしく嵐が通り過ぎたようで、俺達はみんな敬礼姿勢のまま見送りしばし呆然としてしまう。


 噂からの検証はだいたい正しいようだ。あの赤髪の新人はやっぱり特別待遇なんだろう。訓練中ということだから、正式配属されればそれなりにどういう扱いをすればいいか通達されるんだろうが…司祭にあの態度はなかなかのものだ。
 きっと予想もしない展開になるに違いない…。



 運動場で目撃した後も、その新人は時々見かけられては、さらに稀にトラブルを起こしたりして、兵団内にはますます様々な噂が飛び交うようになった。中には、5階から飛び降りて平気だったとか、生肉食ってたとか明らかな偽情報も混じっていたが、あれだけ目立てば都市伝説に語られても不思議じゃない。

 そんな風にやや目立った特別扱いの新人に、あの時運動場で飾らない様子を見ていた一部人間達は、心のどこかではちゃめちゃな新人の正式配属を楽しみにしていたんだろう。ちなみに、俺もその一人だ。
 言動が面白かったし、正直あの新人は強くなる。きっと化け物…エインフェリアと戦うこの武装兵団の新しい戦力になるんだろう。だからこその特別扱いなんだろう。




 彼が正式配属になったのは秋口というやっぱり異例の頃で、そして、…俺達は、あの日少しだけ垣間見たあの新人の『強さ』の理由を知ったのだった。




 * * *





 恐ろしいものなのか、それとも人と変わらないものなのか。

 それを個人が判断するのは難しいと思う。少なくとも、彼の手綱を握っている司祭は、【恐ろしいもの】として彼を閉じ込めているわけではなく自由に歩かせている。つまり、事実はそういう判断なのだ。
 
 俺もまた、間近で見るとなんとも言えない。印象的には猛烈に生意気な新兵、怪力、そして野菜嫌い。そんなものだ。

 だから、俺はしばらく、日記をつけることにした。

 俺の知ってるあの新人が、化け物『エインフェリア』の一匹…いやひとりだと言うのなら、俺達がただひたすらに闘い、殺そうとし、排除しようとしているその敵に対する考え方それ自体を、もしかすると…考え直さなきゃいけないのかもしれない。

 こんな考え異端かもしれない。教義に反するのかもしれない。
 でも分からない。 理解したい。 まずは、それだけだ。



 まとまった考えを元に、夜個室にぼんやりと輝くモニターを前に、慣れないキーボードを叩く。出だしは決めている。



『 最近、ちょっと目立つ新人が入ってきたと噂になっている。 』




- end -