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静かに静かに
誰が最初でどこが最初で
果たして何が正しいとするのか?

全てが歪んだならば、何が原因だと君は言うだろう




長く黒い槍が抜けるのに合わせて、冷たい砂利へと崩れ落ちた青年は、ぴくりとも動かない。
その様を静かに見下ろしていた彼の後輩は、降り始めた雨を避けるように一度俯くと、小さく祈りの言葉を吐いた。
…どうか、彼が迷い無く常世の深遠の果てへと旅立てるように。




 * * *




「…?!」
「累杷?」

馬車の狭い室内で、睨み合うようにしていた累杷と威灘だったが、その緊張状態は不意に破られた。
少女が、胸をきつく抑えてびくりと身体を震わせたのだ。
まるで強い電撃にでも打たれたような唐突な動作に、威灘が心配げに俯いた顔を覗き込もうとすると、少女の面がゆっくりと持ち上がった。乱れたままの髪の隙間から覗いた瞳は、赤く赤く燃えている。
瞳孔が細くなった妖の目が、アンバランスにも、『信じられない』と言うような妙に人間らしい感情を浮かばせて威灘を射抜いた。
血の気の引いた唇が、震えながら囁くように問いかける。
「どうして…? どうして斯斬に…?」
威灘には意味が分からなかった。それを示すように片眉を潜めると、少女の呆然とした表情が瞬時に怒りへと染まった。

「酷いよ! 斯斬に何をしたの?!」

「るいっ…!?」
少女が威灘を避けるように馬車の壁へと身体を押し付ける。彼は興奮する妹を落ち着かせようと手を伸ばした。
しかし、ざわりと不穏な空気の揺れとともに、少女のものとは思えない強い力で威灘は扉側の壁へと突き飛ばされる。
彼女の手が威灘の方に触れた瞬間、反発しあう強い力で青白い火花が散り激しい音を上げた。しかし、今度は少女は悲鳴を上げなかった。
代わりに、突き飛ばされた威灘は肺から鈍い空気音を吐き出すと締め切られた馬車の扉をたやすく突き破り、いつの間にか降り出した雨に濡れた地面へと転がり落ちる。

重いものが勢い良く転がる鈍い音と、雨音にも派手な水音。

馬手が慌てて引き絞った手綱に馬が甲高い悲鳴を上げて、不ぞろいな多々良を踏む。勢いを殺しきれず斜めに大きくかしいで馬車が止まる一瞬に、馬車の扉から飛び出した白い陰が濡れた地面に転がった男の直ぐ側に、猫の様に身軽に飛び降りた。
その白い影が少女の沁み一つ無い白い着物で、馬車から落ちて転がる人間が雇い主だと気が付いて、馬手は青ざめて硬直する。
斜めに道をふさぐように止まった先頭馬車に続いて、付き従っていた2台の馬車も急停車した。
慌てて飛び出す法師達は、地面へと転がり落ちた上司へと駆け寄ろうとするものの、その直ぐ横に立つ少女の異様な気配に息を呑んで立ち止まる。
酷くなりつつある雨の中、無言で威灘を見下ろす少女は…暗闇にぼうっと浮かび上がる紅色の瞳で、瞬きをせずに威灘を見つめていた。
見開かれた瞳の色は硬質で、引き絞られた瞳孔の色まで赤い。怒りや憎しみや恐れや焦り、そういった物を全て含むようで居て、混ざりすぎて何も浮かんでいないその色は、人の理解を超えた色だ。狂気と呼ぶには凪ぎ過ぎていて、…それが妖、人外であるコトを意識せざるを得ない。

「るいは…」

強かに打ちつけた身体の痛みに耐えながら、威灘が無言で立つ少女へと手を伸ばす。その指先が濡れて重くなりはじめた着物の裾を掴んだ。
白く美しい着物に、雨と、威灘の指から泥が移り、滲む沁みになる。
「斯斬はどこ?」
しかしそれら一切に興味が無いというように掴まれた裾をそのままに、赤い唇が動いた。爬虫類の様に細長く切れた瞳孔が無感動に威灘を見下ろす。瞳孔の形は猫にも近いが、その温度の無い視線は鱶のソレ。じっと見返して威灘は握った裾を強く引いた。

「累杷、斯斬のことは忘れなさい。お前は私の妹だ、帰ってくるんだ」

「まだ、そんなことを、言うの…」

少女の赤い瞳が、何かの痛みを感じるように細められた。
妖の気配が和らいで、瞳が人のソレに近くなる。それを見て、歓喜したように威灘の指先に力が篭る。

「よく聴け。斯斬は重罪人なんだ。お前を浚い、都の研究物を盗んだ上、脱走途中に何人もの法師を殺している。お前は被害者なんだ!」

遠い日。実際はそれほど昔の事ではない。けれどあまりに今と昔に差があるから、それは遠い昔の様に感じる。
雪の中、再び目覚めた少女と、青年が都を出る。
月の綺麗なあの夜に、沢山の思いを裏切った。
だがそれも、決して斯斬一人の勝手ではなくて、累杷が彼に望んだ事でも有った。
今こうして、累杷が斯斬と共に居る事からも、それは明らかなのに。

兄の目には、それは写らない。 きっとあの日から、兄も歪んでしまったのだ。



それは、とても悲しいことだ。



「だから斯斬を僕から引き離すの?」

「ああ、そうだ。アレはお前に相応しくない。お前が目を覚ますまで、兄として当然、お前を守るのだ」

とても、とても、悲しいことだ。

理解できない、理解しない、分かり合えない。言葉を通じる事が出来ない。
兄の選択は変わらない。そして、少女の選択も変わらない。

次の瞬間、累杷を囲み、いつのまにか少女を取り押さえようと近づいていた右の法師の胸に、累杷の白魚のようにしなやかできゃしゃな腕が文字通り、埋まった。

「え…?」

無造作に引き抜かれた腕に握られている累杷の拳より少し大きなものを、彼女はゆっくりと屈み、倒れ付したままの兄に見えるように差しだす。威灘はその所作をただ、見ていた。
そしてその目の前で、少女の小さな手が柔らかなソレを握りつぶした。
その小さなものが心臓である事が、医学も修めている彼には直ぐに視認できた。まだ鼓動を刻むソレが、生々しい音を立てて弾ける。
散った赤い血が累杷や、彼女を覗きこまれていた威灘の頬に飛び、一瞬送れて零れ落ちる雫が線となって彼女の腕を伝い落ちていった。着物の雨と泥の沁みに、新たに鮮やかな赤が加わる。
無言での、あまりにあっけない動作。兵士は声もなく、そのまま彼女の背後に崩れ落ちた。

「………」

「…僕も今、一人殺した」

少女が小首をかしげて、兄の瞳を覗き込む。無表情に見つめる茶色の瞳に、紅色の瞳が写りこむ。

「僕も重罪人になった。斯斬と同じ。僕と斯斬は同じ。 僕を止めたいなら、僕も殺せばいい」



彼にしたように。
心臓を一突きにすればいい。

引き離すというのなら、僕らは共に果てる事を選ぶ。




 * * *




じゃり…

青年の死体をそのままに、背を向けて威灘の後を追うとした後輩の耳に、石の擦れる音が響いた。
歩くにしては小さい、妙な音に彼は背後を振り返る。
上司の動きにあわせて、付き従う仮面達も立ち止まる。
…直後、内一人の首が音も無く転がり落ちた。

「なに…?」
吹き上がった生暖かい血ごしに彼が見たのは、先ほど砂利の上に捨て置いた斯斬。彼が抜き放ち、たったいま首を切り落とした鋭利な刀。死体だと思っていた男が、長い鞘に縋るようにして、ゆっくりと立ち上がる。
その光景に、仮面装束たちがざわめく。
「何故…!? 心臓を貫いたはず!」
装束の誰かの言葉に、俯いたままの斯斬の方が小さく揺れた。笑っているのだと気付いて、後輩の男は息を呑む。
「えぇ…。正確に心臓の位置でした。痛いですよ、とても」
掠れた声と共に、斯斬が顔を上げる。
血にぬれた胸元を目で示す。そこからは大量のどす黒い血液が今も零れ落ちていた。証拠に、斯斬の顔色は失った血に比例して紙の様に蒼白い。
どこかで見た、コレと同じ光景を。後輩の彼が眉を潜める。その間にも、仮面装束たちの間で動揺は広がり、それはある瞬間を境に恐怖に変わる。

「っ化け物め…!!」

叫んだのと、再び閃いた刃はほぼ同時だった。その叫びを最後に、叫んだ仮面装束のひとりの体は斜めにかしいで、動かなくなった。
装束たちは、彼を妖だと考えたのだろう。訓練通りに後輩の青年を守るように立ちながら、斯斬へと槍を向ける。
しかし、動揺が隙となるのか、あるいは古い型とはいえ己の上司と同じ白外套への攻撃は何かを鈍らせたのか。
後輩の彼が何も指示を出さない間に、仮面装束たちは次々と物言わぬ躯と化した。
…斯斬は、自分の先輩は、こんなに武術が得意だったろうか? そんな関係のないことに思いをめぐらせる。

「冷たい奴だな…。何も言わなければ、彼らは君を守るしかないだろうに」

気がつけば、立っているのは斯斬と、彼だけだった。累々の死体に、冷たい雨が弾ける。
斯斬は後輩が彼に対して殺意を向けていないのを感じたのか、あるいは初めからその意志がないのか、刀を鞘に収めていた。
後輩は血濡れの風景に似合わない、静かで穏やかな言葉を向ける。

「あなたに見惚れていたのですよ。武術の心得がそれほどあるとは存じませんでした」
「心得なんて君と同程度だ。知っているだろう、君と俺は同じ学院で学んだんだから」
同じ学術方面での法士を目指し、同じ院へと入り、同じ研究に就いた。
確かに、斯斬が武術に秀でているという話も、修行を積んでいるらしいという話も聞かなかった。むしろ彼は自分と同じで、最低限法士として求められる武術以外は収めない、根っからの研究者だったはずだ。

「それでも、彼ら全てを無傷で打ち倒すなんてできませんよ。僕だったらすぐに殺されてしまうでしょう。僕の知らない時間に、腕を磨いたのですね」
「君の目は鈍っているのかい? どこが無傷に見えるんだ」

言葉に、改めて示された彼の身体をみる。白外套の所々が斬れている。
そこで気がついた、そもそも、『無傷』どころの話ではなかった。彼は『心臓を貫かれていた』のだから。
「ここも、ここも、ここも。 致命傷だ。 彼らは訓練されているから、的確に急所を狙ってくる。そこが急所だと知っているから、よもや俺がその後で反撃するなんて考えなかったんだろうね」
『致命傷を与えれば、敵は動かなくなるものだ』。答え合わせをする教師の物言いだ。学生時代よく聴いた声音だ。懐かしい。

斯斬の示す傷のどれもが、医学知識のある後輩から見ても致命傷だった。五体繋がっているから分からなかった。平気な顔をしているから気付かなかった。
そして後輩の彼は思い出す。
あまりにも血生臭くて、無意識に記憶の底に沈めてしまった、過去の出来事を。


「…今も、『そう』だったんですか…」
吐き気が込み上げてくる。

「今はあの時とは違う。でも、似たようなものだよ」
事も無げに言う彼に、嫌悪が込み上げる。
尊敬と羨望と、それに反する苦い思いは、きっとこれからも決して消えない。

「…あなたが痛みに耐える事は知っていますが、今のあなたは…やはり『異常』です」

異常、異形、人に非ず。人に認めず。
憧れている気持ちも、尊敬する気持ちも本当だ。
けれど、こんなにも嫌悪している事も本当だ。
その複雑な思いを滲ませる低い声音に、斯斬は小さく目を細めた。

「…君には分からないかもしれないな。 痛みよりもっと、苦しいものがあるんだ」

言葉は、後輩に向けられたというよりも、自分へと向けたようにあまりに小さかった。




 * * *




後輩の彼が、鍵と応援の兵を連れて禁術書の間に駆けつけた時、既に斯斬はそこには居なかった。
砕け散った硝子ケース、なぎ倒された蝋燭。
部屋の中はまるで小さな嵐が吹き荒れたような酷い有様だったが、紛失した禁術書に、院内部は混乱した。
斯斬の行方を探し、あわただしくなる院内において、皆が書を持って外部へ逃げたと読むのに、後輩の彼がその場へ向かったのはある種の勘が働いたのかもしれなかった。

うめき声が壁越しに聞こえる地下研究室。
常ならば陰鬱で悲哀の篭った雑多な音の響くその場所が、その夜はいやに静かだった。
灯りも消えている。夜の観察員は?見張りは何処へ行った?
不審に思いながら、彼は研究室内の細い廊下を歩いていく。
鉄錆の香りに、年若い法師は顔を歪めた。嗅ぎ慣れた臭いにしては、濃い。
ひとつの扉の先で、小さな金属音がした。何か…そう、メスを誤って床に落としたときに、こんな音がした。

「斯斬さん…?」

人の気配に覗き込むと、部屋の奥に蝋燭の明かりが見える。
冷たい石床に排水設備を整えた、ここは解剖室だ。実験後の死体の処理にも、使っていた。
決して気持ちのいい場所ではない。少しの薄ら寒さを感じながら目で探せば、頼りなげに揺れる蝋燭の光の中に、蹲るようにして肩を揺らす青年がいる。見慣れた長身細身の姿に、すぐに斯斬だと分かった。
蹲る姿に、以前の異様な様子も重なって、後輩は彼に近づこうとする。
彼は声と足音に反応して、ゆっくりと立ち上がった。

「反魂の禁術が何故成功しないのか 君はわかるか?」

蝋燭の逆光の中、振り返った。
掠れた声が、どこか満足げで得意げな色を滲ませている。
常に控えめで、決して己の優秀さを誇示しようとしなかった彼にしては、珍しい声色。
しかしその顔色は、薄暗い中でも喜色に染まって見える瞳とは反対に、まるで紙色。噛み切ったのか、唇から零れる血が白い襟を汚している。

「存在しないから、では」
背筋があわ立つ異様な光景に、進んでいた足は止まった。

「違う。術は存在しているんだ。でも最後の1ピースが常に足りなかった。」
「1ピース…?」
「禁術の核となるのは、人の魂の入れ物、心の器。魂の器…」
振り返った彼が嬉しげに右手を上げての給う。その腕が黒い。違う、残り僅かな蝋燭の橙の光の所為でそう見えるのだ。
あの色は、血だ。
斯斬の手が血に濡れている。誰の?
「心の器とは…」
眩暈がする。分かっているのに、認めようとしない。優秀なはずの後輩は、己の思考がループするのを感じた。

「優秀な君なら分かるだろう?  『心臓』 だよ――。」

魂が鼓動する場所。

嗚呼、ではその血は…?

「術の仕上げは、足りないピースは、『もっとも相手に対する執着の強い者の心臓』を捧げること…」
浪々と、彼が羨望した斯斬の通る低めの声が紡ぐ。それは書物を読み上げるようにはっきりと淀みなく、真理を語るように自信と賛美を込めて。
後輩の心は彼の声に冷静さを与えられたように、ループから抜け出した。
「でもそれは…?」
おかしい。
ループを破ったのは、冷静で、決して愚かではない彼だからこそ、斯斬の言葉の矛盾に気付いたから。
矛盾しているのだ。
『最も執着が強い者』。
術を扱うという事は、全ての事象が術者の采配に任されるという事。術者が中心である世界において、最も執着がある者とは『術を行う術者本人』のことを指す。指さなければならない。

つまり、『愛する者を生き返らせたくば、己の命を差し出せ』と。そう禁術書にはあるというのだろうか?

「ならば、それならば、その術は決して完成しない…。存在しないことと同義です。
 心臓を抉り出して生きているものなど存在しない。術は決して完成しない…!」

そう、矛盾だ。ならばやはり、反魂など夢の話。存在しては居なかったのだ。

「…君はいつも詰めが甘い。 だからいつも、俺の前に立てない。」

斯斬がうっつりと笑った。それは今まで一度も見た事がない、暗くて嘲笑的で、上から見下ろすものの目だった。
衝撃だった。先輩と後輩、憧れと…今まで感じたことのない、酷くイライラとした感情が生まれた。
絶対的な差。見下ろすものと見下ろされるもの。遠い距離を感じる。
……彼は、何を手に入れた?

「この書には出来ないことなんて無いんだ」
低く笑みを滲ませた声が言う。
「君が研究していた術は何だ?」
血に濡れた手が空を示す。鉄錆の匂いが生暖かい。
「それは…」
胸の焼けるこの臭い、自分は嗅ぎ慣れている。


研究項目。
期間限定の不死の術。たとえその間首を切られようとも、術を掛けられた者は決して死なない。


「まさ か ・・ ?」

斯斬が、今までの見下ろすような笑みから、よく知っている、後輩を見守る無口で生真面目だが、心優しい青年の顔になる。
小さく笑んで、邪気無く笑んで、そして血濡れの手を彼の胸元に向けた。

「もう少し外科の腕を磨くべきだったと、少し後悔しているんだ」

そう言って苦笑して示した彼の白外套は、真っ赤だった。血濡れの右手と表情に気をとられていた後輩は、示されて改めて彼の胸元を視る。
胸を中心に滲み出す流れに、視線は吸い寄せられた。
見てはいけない。見るべきではない、見るな! 思っていても、意志とは関係なく視界は明確に事実を捉えた。
斯斬は特に苦も無く、法士への道を学んだ学生時代、実例の標本を示してくれたその顔と全く同じ表情で、外套の前を開けた。

その胸元はぞんざいに拭われていたけれど血まみれで、たった今縫われたばかりの大きな傷があった。
血がにじみ出るソコは包帯にすら覆われていない。
黒く太い糸で申し訳程度に縫い合わされただけの、その位置は   心臓   。

きっと、その糸がなければ、ぱっくりと開くだろう。
きっと、その中には、もう。


「まさ、か まさか     自分   で   …  ?」


歯がかみ合わない。息が苦しい。搾り出すように呟くと、青年の闇に沈んでいた左手が得意げに差し出された。
橙の光が艶かしく反射している。拳大の。
ああ…動いている。彼は生きているんだ、だから彼の心臓も動いている。
どくどくと脈打っている。
見たことは有る光景。そういう効果だと知っている。非人間と罵られ様とも、そういう『実験』をしてきたのだ。
だが、だが、…己の臓器を己で取り出す、などという、ことが。


まともな精神で出来るわけが無い。


「あ、 あ…ぁ… あなた、は…」
何を言おうとしたのか。
不意に喉元にせり上がった熱いものを、後輩の青年は耐え切れずに床にぶちまけた。異臭とともに吐き出された汚物に体中の体力を奪われてその場に膝を着く。法士の誇りである白外套が汚れる。
その様子を、斯斬は呆れたように見ていた。後輩の粗相に苦笑する先輩の顔で、見ていた。そして言った。『そんな上に座ったら汚れるだろう? 君は相変わらずだな。 最初の解剖の実験でも吐いていたよな』

少なくとも 貴方よりは僕は『まとも』です。
自身の臓器を目の前にして、平静でいる、貴方よりは。

眩暈が酷くなる。床に着いた両手を放す事が出来ない。ずるずると床に伏していく彼を、蝋燭のゆらめきを背景にして、斯斬が近づいてくる。

「まさか、君に見つかるとは思ってなかった。流石だな。 …だが今は時間がない」

また後で。

そう言われたところまでは記憶にある。
しかし、後に異変に気付いた兵士に助けられ目覚めた後輩の彼が、斯斬と再び会うことはなかった。



全てに可能性が内包されていたとするならば
全てはその土壌にこそ原因があるのかもしれない
アレはきっかけに過ぎなかった
内包するからこそ、アレはそこに在ったのだ

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