華
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あなたがいないなら生きている意味がない あなたがいるのならば生きていきたい あなたの傍にいるためならなんだってする あなたと共に生きるためなら どんな姿になっても構わない あなたと共に生きる事 それだけが僕の存在理由 振り返った先に立っていたのは、月の光が細く零れ落ちる竹林でも、浮かび上がる白い長外套を着た長身の青年。 目の下までを覆う長過ぎる前髪は、急いでいたためか乱れかかり、その奥の理知的な瞳が焦りで見開かれていた。 「累杷・・・・」 もう一度呟かれた声に、どんな思いがこめられているのかは良く分からない。 彼がどうしてココにたどり着いたのかは分からないが、恋人が彼の知らない場所で、人を襲っていたのだ。闇夜に浮かび上がる、恍惚とした紅色の瞳も、透ける白い肌も、美しくはあれど、すでに人では無い。 彼女が化け物に見えるのか、と、小馬鹿にしたように囁いた表情がよぎる。 彼は、知らなかったに違いない。 この姿を。 けれども、彼の登場は俺にとっては幸いだった。 少女の手を振り払って、俺は男の方へと駆けた。 「斯斬さん・・・・! ココはいったん・・・・お師匠のもとへ・・・・」 朽ち落ちる花弁のなかをくぐって、それが術中から現実世界への境界のような、月光が筋になって落ちる竹林へと。 貴方の恋人は、確かに表側は可愛らしかった。 茶屋でのしぐさも、昼間のしぐさも、純粋で愛らしい少女以外の何者でもなかった。 けれど、中身は確かに妖だった。 いまこの、命を吸い尽くされて死にかけた桜が、彼女の本性がどれほど残酷で、壊れているかを現している。この青年を、少女が純粋に恋人と認識しているのかも、正直怪しかった。 アレは、黄泉より這い出てきた、 異形 なのだから。 青年が、腰につった刀に手をかけた。 ゆっくりと抜き放つ。 「いいんだ、とにかく今は・・・・」 厳しい目をした彼を、俺は押し留めようとした。 彼女は儚く見えるけれども、この桜の命を喰らい、なお人を求めるほどの貪欲さは異常だ。 どんな力を隠しているのか分からない。師匠の元へ行って、協力を仰ぐほうが無難だと。 そして、次の瞬間に、 閃いた男の刀は、綺麗な弧を描いて 俺の腹を貫いた。 月が赤く染まった 薄紅色の桜が散る 飛沫がそれに彩(いろ)を添えるように散って それはとても幻想的で恐ろしい光景 「累杷・・・・ いつも言ってるだろう。ひとりで食事をするのは危ないから辞めろ、と」 響いたのは、呆れと、深い慈しみをこめた声。 腹から足にかけて力が抜けて、重力にしたがってずれ落ちる体を、俺は無意識に押し留めようと、目の前にいた青年の袖をつかむ。 けれど、それは無感動に俺を見やったその視線のまま、無造作に振り払われた。 暖かいものが体から染み出ていく痺れる様な感覚に、どこか呆然としたまま、俺は必死に首をひねり、隣で刀の汚れを払う男を見上げる。 銀色の眼鏡の細いフレームが月光に反射して、男の表情は良く伺えなかった。 じんわりと、白い花びらに赤い色が染みて、美しい紅になる。 そう、彼女の瞳のように。 「・・・・ど・・・・して、 ですか・・・・?」 のどから絞り出した声は、もう細くて力が入らない。 かすんで行く視界を凝らしながら、俺はこのまま死ぬのだろうと、ぼんやりと思う。 死をあまり考えた事は無かったが、思ったより痛みも苦しみも無かった。ただ力だけが抜けて、指先から体が崩れていくような緩慢な痺れが在った。 それでも、俺は最後にどうしても聞きたかった。 彼女は、もう、彼の彼女だった「彼女」では無い事。 妖であること。 それを彼は、 知っていた、 のに。 なぜ 「累杷がそこにいるから」 俺の微かな問いに、彼は答えた。 深遠へと落ちる俺を見送る、手向けであるかのように、しっかりと俺を見つめて、はっきりと。 その濃い紺色の瞳が、真理を語るように愛しげに囁く。 「累杷が生きて俺の傍にいるために、人を喰らうことが必要だから、 俺は彼女のために人を殺す」 「累杷を愛しているから」 全てを差し出しても、本当に愛しいものがひとつ残るなら、それでいい 迷いも衒いも無く。 その瞳の奥に深い闇を見て、俺は痺れる体を小刻みに震わせて、勝手にくつくつと笑みがこぼれるのを押さえられなかった。 茶屋で覗いたあれは。青年の瞳の奥に、深遠に揺らめく暗い焔は。 つまり どちらも 壊れているのだ 人である事を捨てても、彼と共にこの世界に存在する事を望む彼女も 彼女に人である事を捨てさせても、彼女と共に居たい男も 強すぎる愛情を狂気と呼んだのは誰だろう けれど、彼らが互いに愛し合っているのならば それは確かに究極の愛の形 互いしか存在しないその世界は、どれほどに甘美なのだろうか そして、俺の意識は 闇に融けていった。 最後に見た鮮やかな紅色は、彼女の瞳だったのか、彼が払った赤く染まった刃か、それとも、最後の命の輝きとばかりに、役目を終える身体から吹き上がったものか。 もしかしたらもっと淡い色で、最後の息吹を散らす桜の花弁が、月光に透けた色だったのかもしれなかっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・ ・・・ ・・ ・ 「真っ赤」 少女が、濡れて輝く己の手を、煌々と輝く月光にさらして、ぽつりと呟いた。 白い花弁で埋まっていたその場所は、今は真っ赤に染め変わっていた。少女の白い着物も、肌も、艶やかな黒髪を結う白い髪紐までが、色を変えていた。 一面に広がるのは、先ほどまで武僧だったモノ。 まるで子供が遊んで人形をばらばらにしてしまった後のような、そんな有様。 赤い世界の真ん中に座り込んだ少女に、今まで少女の食事風景を見守っていた青年が近づく。 「…命の色だよ」 そんな少女の手をとって、青年が優しく囁く。 「累杷に良く似合うね」 「斯斬もだよっ」 手の甲に落とされた優しい口付けに、酷くはしゃいだ声で、少女が血濡れのまま青年に抱きつく。 青年の白外套も、滴る色に紅色に染め上がっていく。 「一緒。斯斬と一緒なの。ずっと。・・・それだけでいい」 「あぁ。 二人で生きていくんだ・・・永遠に」 君と居る幸せごと、罪も、過ちも、倫理も、理も抱きしめて 永遠に |
| 1話-華-【完】 |
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