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散る花は美しい
……本当に?

…違うよ
美しいものは美しいんだ

永 遠 に



翌日、俺は二人が泊まっているという旅館に向かった。
渡された小さな手書きの地図を見ながら進むと、街の中心からは離れ、少々山道を上った辺りにその旅館はあった。
「…かなり豪華な旅館だな…。あいつら金あるんだなぁ…」
由緒のありそうな落ち着いた外見の旅館は、看板からして威厳の有る大きな一枚板の作り。
周りは竹林で、街の喧騒から離れたせいか風にこすれるサラサラという音がやけに大きく耳に届いた。


本当に、偶然だった。


音に誘われるように広がる竹林に目をやると、その緑の隙間に白い後姿がちらりと揺れた様に思ったのだ。
(…あれ…)
その影は緑の中に描き消えるように、竹林の奥へ。
俺は、やけに気になって、それを追って藪へと足を踏み入れた。




緑 緑 緑

そして、その中にぽつんと浮き立つような白い少女の後姿。




竹の隙間に時々隠れながら前を歩いていくのは、昨日の少女、累杷だった。
軽やかに進むその足取りに、長い後ろ髪がふわふわと尾のように揺れている。
背の高い竹林の中は薄暗かったが、深い緑の中に浮く様な白い着物が、やけに鮮やかだった。物音は、さざめく葉擦れの単調な音と、俺が竹林の湿った地面を歩く小さな足音、そして息遣いだけ。
そのどこか不可思議な空間の中を、ただ無心になって少女の後を追う。

やがて、不意に少女が隠れて見えなくなり、それに慌てて足を速めると、一気に視界が開けた。






視界が全て薄紅色だった。






眩しさに目を焼かれたように、俺はとっさに目を覆う。
やがて、少しずつ痛みが治まってゆっくりと目を開けると、眩しく感じた薄紅色の正体に気がつく。
大きな桜の大木が一本、竹林が拓けたその場所を埋めていた。

樹齢いくつだろうか。
大人が数人でやっと幹の周りを囲えるような、高さも枝ぶりも、竹林の緑に代わって頭上を多い尽くすような、そんな大木だった。
そして、風も無いのに、薄紅の花弁がひらひらと雪のように舞い落ちている。
湿った土しかなかった地面も、くっきりと、まるでそこから別世界であるかのように花弁で覆われて真っ白だった。
(こんな場所が…)
見事としか言えないが、どこかこの世離れした美しさに恐ろしくて、声が出なかった。
そしてふと。
その太い幹の根元に、少女が座りこんでいるのに気がついた。

「!」

一瞬倒れているのかと思い、慌てて駆け寄ろうとした。
けれど、少女が幹にすがり付いているのだと気がついて、足を止める。

さくり…

ふりつもった花弁の絨毯に、俺の足が食い込む。

(…汚れた……)

そう思った。
俺はこの場所に踏み入れない。無粋な侵入者だ、と。
その気配に気がついたのか、少女がゆっくりと振り返った。


紅色の瞳が俺を射抜く。
少々驚いたように見開かれたそれが、やがてふうわりと微笑んだ。
小さな唇が、桜の花弁のようにうっすらと輝く。

「おはようございます。早いですね」

「…おはよう」

少女は座りこんだまま、こちらに居住まいを正した。
そのときに、ふと気がつく。
少女の足元には、足跡が無かった。


「見事な桜でしょう?」

少女が微笑む。
見た目はまだ子供といって良いような幼い面立ちなのに、微笑みにうっすらと年に似合わないような色香を感じてどぎまぎする。
頬に熱を感じて、俺はとっさに視線を外し、地面に落ちる花びらを目で追った。
ひらりひらりと、音も無く降り積もる様は、季節外れの雪を思わせる。
…昨日からどうも、自分は本調子じゃないようだ…。
この子は魔性なのだ。…動揺してどうする。

ただ、魔性と言ってしまうには、とても儚いけれど…。

「そうだな。こんな場所が有るなんて知らなかった。」
「こちらに来ないんです? ここからの方が、綺麗な眺めですよ」
誘いに、少しだけ逡巡したが、俺は踏み潰す花弁に心の中で謝りながら幹の方へと歩み寄り、少女の隣に腰を下ろした。
少女に習って見上げると、天空は薄紅色の花一色。
舞い落ちてくる花弁がたまに頬を優しくなでて行く。

時がゆっくりと流れるような感覚。
……静かだった。

「少しお腹が空いてしまって、そしたら、この木が呼んでくれたから」
少女がぽつりと呟いた。

「木の精気を貰うのか?」
「…うん。精気を貰わないと、たぶん僕は、存在できないんだと思う」

少し寂しげな声音だった。

他の者の精気を吸って生きる妖は多い。
別段珍しくも無い。
ただ、植物と言うのはもともとあまり存在の力としては大きくないらしく、他の生物を手に掛ける妖のほうが格段に多い。
生物、それは良い意味でも悪い意味でも、精気と生きる意思に溢れた人間が妖にとっては極上だと言う意味になる。

「もう足りたのか?」
「………。」

静かに俯いた気配に、横を見ると、少女は悲しげに目を伏せていた。

「植物の精気じゃ、少しの足しにしかならないんだ…。やっぱり、人から分けて貰わないと…」
「……」
「斯斬から貰うんだけれど、あまり吸うと、彼が参ってしまうし。 …でも、いいんだ…ここに居られるだけで」

小さく首を振る。
なんだか、胸が締め付けられるようだった。

「…俺もやろうか?」

気がついたら、そう言っていた。
少女が驚いたようにこちらを見つめている。

「協力するよ。累杷…さんには、消えて欲しく無いんだ」



ざぁっと。
ふいに森が大きくざわついたように感じた。
桜の花弁が舞う。雪のように降り積もる。

薄紅の世界で、少女がひどく嬉しそうに。とても華やかに微笑んだ。



俺は、彼女の悲しい表情が消えた事が、 素直に    嬉しかった。



それは     望んだ幸福だったのだろうか



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