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骨に灰と夜露を塗り、ハコベと白菊を焚き、新月より十五の夜呪を唱え
満月の元想いの最も深い者の生き血を捧げよ
やがてその者は黄泉より還りその瞳を見開くだろう
(『反魂の法』の口伝 より)




死人が甦る…そんなことが本当にあるんだろうか?
けれど、その死人だという少女が、今目の前に居る。

「…甦ったものは、人の外見をしてはいるが、中身は化け物だと聞いたが…」

甦りし者は生前の姿生き写し。
されど、その者は年もとらず永遠にその姿のまま。
なぜなら、死者がこの世に戻る事など有るはずが無く、その中身は黄泉より現れし異形であるから。


これはまた、別の口伝だ。成功した事例は無いというのに、こういった話は何故か後から後から湧いてくる。風に流れては、人々の怪談の類になったりする。
けれど、火の無い所に煙は立たないというくらいだから、なにかしらの理由は有るはずなのだ。もしかしたら、世の理を曲げる事への警告として。

「累杷が化け物に見えるのか?」
ふっと薄い笑みを浮かべた青年が、こちらの話にまったく興味が無いのか、食べ終わった団子の串でなにやら皿に残った餡子をつついている少女を見下ろした。無邪気なその様子は、化け物とは程遠いかもしれない。

「累杷、お前の事を化け物だと思ってるらしいぞ」
「え!」

男の言葉に、少女が弾かれたように俺の方を見た。
紅色の瞳が一瞬で潤むのに、俺は動揺を極め一瞬にして体をこわばらせる。
「ひどい! 僕化け物なんかじゃ…!」
「ち、ちがう、ちがいます…!」
その場でしくしくと泣き始めた少女に、ただおろおろとする俺。青年がくつくつと喉の奥を震わせているのが恨めしい。
白い着物の両袖を目元に当てて声を漏らして泣く様は…子供だ。死人というなら違うのかもしれないが、外見から予想するに15か16。…この子はもしかしたら、相当箱入りの娘だったのではないだろうか…。
「泣かないでくれ、そんなこと思ってないから…!ほら、俺の団子も食べるかっ?」
こんな風に女の子に泣かれた事なんて、恥ずかしながら一度も無い俺は、はっきりいってどういって慰めればいいのかさっぱり分からない。
仕方なく、まったく手をつけて居なかった自分の菓子皿を少女の前に差し出す。
「…食べていいの?」
すると、潤んだ瞳が袖の縁から覗いて、小さく請う。
しめたとばかりに、俺は大きく頷いた。泣き止んでくれるのなら喜んで差し出そう!
「食え!食っていいから泣きやんでく…」
「ありがとう!」
……言い掛けのところで、皿を掠め取られた。

「……」

にこにことして団子を頬張る姿に、一気に脱力する。
…今のはもしかして……まぁ、泣きやんでくれたのなら、いいのだけれど…。
未だ笑みを堪えるような青年と、さっきの泣き顔など嘘のように満面の笑みで俺の団子を頬張る少女を、俺は交互に見やってため息をついた。
完全に二人のペースに振り回されている。

「もう、俺たちが危害を加えようとしてるとか、そういう疑いは晴れたのか?」
しばしの後に、男が再び真面目な顔で聞いてきた。
そうだ。そっちが本題だった…。俺とした事が、振り回された衝撃で本来の目的をすっかり見失っていた。緩んでいた口元を引き締めて、俺はもう一度青年の瞳に向き合う。
「あぁ、それは…。でも一応、街に居る間は監視はさせてもらいますが…」
少し申し訳なく思うが、これは自分の仕事だ。
それに自分はこうして話せたからよかったものの、退魔師の中には血気盛んなものも居て、そうした者にであったら即刻殺されてもおかしくないのだ。
監視つきだと言う事にすれば、横からの手出しからは守る事が出来る。

(…守る…?)
するりと付いて出た考えに、違和感を覚えて慌てて訂正を入れる。
(違うだろう。これは仕事!監視だ! いくら害意がなさそうに見えても相手は妖なんだぞ…!)

退魔師たるもの、常に油断するべからず。お師匠の口癖だ。
妖というのはそう単純な奴らばかりではない。気を抜くと命取りになる事もしばしばだ。
…まったく。どうかしてる。
弛んでいるのかもしれない。久しぶりに精神を叩き治しに師匠の下にでも寄って帰ろうか…。

俺の返答に、少女には少しだけ悲しそうな顔をされたが、最後には『仕方がないよね、ありがとう』と言ってくれた。
彼らはこの街の外れに宿をとっているらしかった。
明日から、彼らがこの街に滞在する間は、俺もそこを頻繁に訪れる事になるだろう。
…忙しくなりそうだ。


 * * * 


よく喋り、よく笑う僧と別れ、二人組みは茶屋の前でしばし佇む。
立って居るだけで目立つ彼らは、今この瞬間も人々の注目の的だった。しかし、二人はそんな視線を露とも感じないのか、気にも留めずに、つと少女が青年の肩に頭を預けた。
身長差があるせいで、少女の頭は男の二の腕に乗る形になったが、その仕草に男が優しげに少女の頬に顔を寄せる。
吐息の触れ合うほどの近さで二人は囁きあう。とても楽しげに。

「…どうしたんだ?」
「かわいい人だったね」
「…そうだな」

少女の紅色の瞳が緩やかに伏せられた。

「斯斬…お腹すいた」

無邪気に、小さく囁く。
青年がやわらかく笑む。それは、青年がこの世で唯一少女にだけ向ける笑顔。
そして、そっと、少女の頭をなでて。
くすくすと、少女がそれにくすぐったそうな笑い声を立てた。


君の微笑さえあればいいんだ
あなたの傍に居られるならなんだって良かった



(07/09/21 加筆修正)
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