華
|
「妖(あやかし)…か?」 俺は、当時ある街で退魔を生業とする武僧をしていた。 名前は、いまさら名乗る事もないと思う。なぜなら、意味が無いからだ。 これは、俺が短かった一生の中で、最後に体験した物語。 一匹の魔性と、一人の男の物語。 * * * その日、いつもの習慣でふらりと街の通りをぶらついていると、いつの間にか俺の目の前を二人連れが歩いていた。 背の高い男と、華奢な少女。 黒髪の男の方は、春だというのに長い白外套を来て、腰には長刀を下げていた。 少女の方は艶の良い長い黒髪を後ろで白い布で一まとめにし、薄く花の紋の浮いた白い着物を着ている。 後姿でも、さぞかし見目の良い二人組みだろうと予想できる程に、彼らは妙な異彩を放っていた。 しかし、それ以上に俺の目を引いたのは、その気配。 鋭敏に鍛えられた僧の肌にだけ伝わる、ぴりりとした微かな違和感。 (…どちらか片方、もしくは両方とも、この世の者ではない……) こんな真昼間に、こんな人通りの多い場所で見かけるとは思えない。 けれど、俺は職業柄無意識に呟いていた。 『妖(あやかし)か?』と。 その呟きに、二人が同時にこちらを振り返った。 思った通りに、両方ともやたらと整った顔立ちだった。 男はまだ青年で、長い前髪が目元までかかっているのが少々勿体無いが、銀の細縁のメガネの奥の深い紺の瞳が理知的で印象的だった。 少女の方は抜けるような白い肌に、紅を置いたように赤い唇。そして、まるで血を浮かせたような紅色の大きな瞳が…動揺して見開かれていた。 澄み切った水晶の様な表面に、俺の顔がくっきりと映っている。 瞬きをせずにこちらをじっと見つめていて… …なんてことだ。一瞬目を奪われていた! はっとして、すぐに己を叱咤して、今度は先ほどより強い口調で、 「妖だな? こんな街中で何をして…」 言葉が通じるとわかって、問いただそうとすると、不意に胸元に軽い衝撃が走った。 驚いて視線を落とすと、少女が縋りつくように両手で服の裾をつかんでいた。 うっすらと涙を溜めた瞳がじっと見返してくる。水分を含んで揺れる色に、目が吸い寄せられるように逸らせない。 「…大きな声で言うのは辞めてください…。袋叩きにされてしまう…! 事情はお話しますから……」 鈴を振るような声、というのはこういうものを言うのだろう。 少女は本当に怯えている様子で、ちらりちらりと周りを伺っている。そんな様子を見ていると、こちらが悪い事をしたように感じてしまう。 「…そこの茶屋でいいだろう」 そんな少女をを後ろから引き剥がすように抱き寄せて、男の方が淡々とした声で、近くにあった茶屋の方を視線で示した。 少女と違って、青年の方は冷静だ。無愛想な声音で少女を引き剥がす動作がどことなく乱暴で、瞬時に俺は二人の関係を理解する。 (…恋人有りかー) ……。 …俺の頭は、まったくどうかしてしまったらしい…。 ……出会いそのものが、不幸だったのだろうか… 「俺の名前は斯斬(シギリ)、こいつの名前は累杷(ルイハ)と言う。」 茶屋で、特に奥まった席を選び、注文した茶と菓子が届くのを待ってから、男はそう言った。 俺も名乗ったが、割愛しよう。 無愛想、悪く言えば冷淡そうな声音で話す男は、今の所憮然とした表情か何を考えているか分からない無表情しか表していない。反対に、少女の方は出された菓子に目を輝かせおいしそうに頬張り始める。対照的な二人だった。 そして、こんな妖は初めてだと俺は思った。 「…二人は妖か?」 思わず確認してしまう。 妖といっても、計り知れないほどの種類と考えの奴らが居て、人間と同居して、人と変わらずに生活するものもいると聞く。 話の通じる様子からして、彼らは同居して身を隠している類だったのだろう。ほんの少し、暴いてしまって胸が痛んだ。 「俺は人間だ。…貴様が妖だと言うのは、累杷の方だろう。」 けれど、男の言葉は少々予想外だった。 「彼女が?」 男は人間で、少女が妖ということは…彼らは恋人同士というわけではないんだろうか? 自分の名が出たせいか、団子を頬張ったまま、少女がきょとんと俺を見返してきた。 そして、そのままにこりと華やかな笑みを浮かべられ、俺は頬が自然熱くなる。 「累杷は、死人(しびと)だ」 「……ぇ…」 耳を疑う言葉に、空気が冷たくなる。今、この男はなんと言った? 俺の動揺を他所に、話題の主である少女は無邪気に菓子を食べ、お茶に手を伸ばしていた。熱かったのか赤い舌をちろりと覗かせて顔をしかめる。 そんな所作を思わず見つめてしまって、何度も言葉を反芻した。 死人… この子は、死んでいる? 「反魂の秘術を知っているか?」 男が声のトーンをさらに落として、そう言った。 『反魂』。 死人をこの世に甦らせる禁呪法。 それは、退魔をするものにとっては、知らないものは居ないだろうと言われている呪法だ。 噂は数多あるけれど、その真実の方法を知るものは誰ひとり居ない。 禁呪であることも理由だが、何よりも、その行いがこの世の理そのものを裏切る行為だからだ。 誰かが生き返ったという確かな情報は無いから、絵空事めいた怪談のみで、実際は存在はしないのではないかとも言われている。 (それを、彼が行った?) 信じられない。俺は直ぐにそう結論を出す。あれはただの言い伝え。世の理をそう簡単に曲げられるわけが無い。 そう思うと、一度冷えた身体もすぐに温まる。けれどそうして一人納得する俺を、青年がじっと見つめている。 目を合わせてその時始めて、青年の瞳の奥に、暗い焔を見つけた。 なんと表現すればいいのか。まるで地獄の火。得体の知れないそれは背筋があわ立つほどに、不気味に激しく揺らめいている。 俺の表情が再び凍ったのを見て、青年が小さく笑った。それは初めての人間らしい表情だった。 そうだ、彼のあまりにも暗く沈んだ様な表情の所為で、俺は彼も『妖』なのではないかと思ったのだ。彼位の年齢の人間がするにはあまりに、…重いものを背負ったような雰囲気だったから。 「俺は2年前、東方の遠い国で呪法を研究する法師だった。当時国では禁呪の研究が盛んで、魂戻しの法もその研究対象だった。」 一度熱い茶を口に含んでから、青年はゆっくりと話し始めた。 握り締めた湯のみのなかで、濁った薄い萌黄色が小さく揺れる。 「俺はその禁術書を盗み出して、死んだ累杷を甦らせたんだ。」 |
| 君が大切だった 君に会いたかった 君と生きたかった 世界の理を歪めても (07/09/21 加筆修正) |
| TOP■NEXT |