月の無い夜に・4




光なんか、無かった




グレスが倒れた。

特別親しかったわけでは無いけれど、それでも、クールで周りとふざけあう慣れ合いをしないユレンに対しても、分け隔てなく構いかけてくる相手だった。
ユレンにとっては隊の中で一番歳が近い、友人のような相手。
けれど彼はもういない。

倒れた。倒された。
あの男に。

・・・・自分の油断のせいで。

ナイフをいつか引き抜いて、指にそれぞれ構える。
亡骸を振り切り、手近の木に飛び乗る。

炎の照らし出す森の中で、男と隊長が肉弾戦を続けていた。
男の体力も恐らくもうすぐ限界だ。
これまでの雨の様に降り注ぐ攻撃を避け続け、なおかつ返り討ちにしてきた男の実力は高い。
それでも、数は確実に彼の体力を奪い、そして今、怒りを帯びた残った実力者の猛攻に、男の逃げ足は止まっていた。

このままここで決戦になる・・・・。

「グラエルス!(氷系中級魔法)」

隊長に迫られ、数メートル後退した男。近接は不利と踏んでか、彼は執拗に距離をとろうとする。
素早く動き回る男を、硬い鉄鋼を装着した拳を握り追う隊長。
そして、その男の足元を狙って、ミューラの氷系魔法が発動する。

「く・・・・!」

「でかした・・・っ」

中範囲を覆った氷の柱が、避けようとしたものの寸差で遅れた男の足首から下を見事に覆った。
足を取られてバランスを崩した男が、氷上に手を付いて迫る隊長を睨む。
その周りに、またもや溜め込まれる電撃。
・・・・迎え撃つ気か・・・・!

「避けろ!」

ユレンの声に、隊長がその場に止まる。
速度のある彼の魔法を、あの距離で避けるのは無理だ。
だから、発動そのものを邪魔する。

まずは術者本体の彼を。
鋭い風きり音を立てて飛んだナイフは、男の二の腕に突き刺さる。
苦痛の声と共に詠唱が止まり、男の刃物のような視線がこちらを向くが、ユレンはさらに続けてナイフを投げた。
選んだのは、支給品ではない金属製のナイフ。
くるくると回り、溜め込まれていく途中の雷の中心を狙って投げつけられたそれは、電撃の弾をことごとく崩した。
電撃の力はより伝導性の良い金属へと流れ込み、そのまま森の暗闇へと散り落ちる。

精霊魔法は自然の力。
よほどの集中を持ってしなければ、より妥当な形へと魔法は霧散する。
たとえば水の中では炎を焚けない様に。風の無い洞窟では自然空気は淀む様に。

魔法を無効化<キャンセル>されて、無防備になった男の腹へと、隊長の拳が食い込んだ。
受けた男の体がくの字に折れて、勢いを吸収し切れなかったミューラの氷が砕け散る。
炎できらきらと舞う破片を纏わせて、男の体はそのまま地面に転がり土煙を上げて停止した。
そして、大きく咳き込み、口から大量の血を吐く・・・。

隊長の渾身の一撃を受けたのだ。
寸前に腕でかばったようだが、内臓や骨の数本は逝ったはず・・・・。

「キャンセルか・・・。そっちのお嬢さんは魔法に詳しいらしいな・・・・」

掠れた声が響く。
乱れ掛かった髪で目は見えない。
けれど、血をなめ取った唇が皮肉気に歪んでいる。

「なんとでも。これから死ぬ奴の話なんか聞いてられるか!」

拳を振り切った姿勢で止まっていた隊長が、そう叫んで一歩踏み出した。
離れたところにいたミューラも、木を伝って降りてくる。
最後に、隊長の背後に飛び降りて。




ぱしゃん・・。




ミューラの足元から上がった今までに無い音に、怪訝に思って首をめぐらす。
響いたのは水音。
隊長とミューラの足元に、大きな水溜りが出来ていた。
(氷が融けたのか・・・)
ミューラの集中が途切れては、もともとユレンの炎で暖められていた空間では氷の魔法は長続きしない。
一気に融けて、範囲の広い水溜りになったのだ。
それは当然、男のすぐ近くまで続いている。

「ぁ――――――!!」



「でも応用がまだまだ未熟・・・・」


髪の隙間で、焦げ茶色の瞳がうっそりと細められる。
直後、彼の翳した手のひらが電撃の光を帯びて、数本の雷が水溜りに堕ちた。

(ルシオーネ・・・雨系・・・!見逃した・・・・!)

矢系にばかり気を取られすぎていて、発動前兆の少ない雨系魔法に対応出来なかった・・・!
堕ちた、と思った直後に、水面が一気に蒸発して、白い蒸気が爆発する。
煽られて、視界が染まるのを必死で堪える。

「隊長・・!ミューラさん・・・!!」

風の魔法能力者がいない・・・・。
自然に蒸気が晴れるのを待つしかないその時に、何かの気配を感じてとっさに身を逸らせる。

―ザクッ!!!!!

途端、焼ける痛みが右目を襲った。

「うあぁぁぁあぁっ!!」

痛い・・・熱い・・・・ッ!!

悲鳴を上げて痛みに蹲り、バランスを崩して枝から落ちる。
ばきばきと鳴った枝。落ちる風きり音。
熱い液体が飛沫くのを感じながら、体に染み付いた受身の態勢で頭を守る。
湿った地面に落ちて、必死で身を起こした。
痛みに目を覆おうとして、そこに小ぶりの棒状の物が突き刺さっているのに気がつく。

歯を食いしばって引き抜いて、地面に転がしたのは、真っ赤に染まったナイフ。
赤く染まっているそれは、先ほど己が男の二の腕に投げた物だ。

真っ赤に意識が染まりそうな中、赤い色が本能に冷静さを促そうとする。
生き残るために。
思考が停止しそうな痛みの中、無意識に身を沈めると、その頭上を電撃の光線が1本。
身を沈めていなかったら、丁度体を貫く高さだ。

(狙われてる・・・・っ)

止まらない血を振り切って、立ち上がり飛びのく。
霧が晴れていく。
隊長とミューラの無事を確かめたいが、今晴れると、自分は弓手の彼の狙い撃ちになってしまう。
とにかく、逃げなければならなくて、立っていた木の枝を離れて霧の範囲外の林を縫うように移動する。
一度目は落下で大きく音を立てた。直後にその位置を光線が貫くのは分かる。
けれど、移動したその後も執拗に電撃が何度も打ち込まれ、逃げる形にしかならなかった。

(どうして位置が分かるんだ・・・!?)

血が止まらない。
このままでは、自分も動けなくなる・・・。
片目になって遠近も視界の広さも怪しい。
集中しなければ、今いる枝からも落下しそうだ。

「ユレン・・・・!」

霧が晴れた。
水溜りの有った場所は、地面の湿気そのものが無くなったように乾いてひび割れて、まだあちらこちらから白い煙が上がっている。
その中央付近で、立っている人影が二つ。
全身を焼いたような、二人が。

その周囲を回るように移動していたユレンは、いつの間にか元の位置からほぼ逆方向に来ていた。
隊長が満身創痍の体を支えるようにして、追い詰められるユレンを焦ったように振り返る。
その横で立っていたミューラは、美しい髪を焦がして最後に見た姿そのままの姿勢だったが、やがて乾いた地面に崩れ落ちた。

隊長が横目でその姿を見たけれど、歯を食いしばってこちらへと近寄ろうとする。
遠目にも分かった、また、倒されたのだと。

「ユレン・・・そっちに行くなぁ・・・!」

(そっち・・・?)

痛みに朦朧としだす意識を必死で回しながら、電撃を避ける。
霧が晴れた今では、男はしっかりと自分を的に出来るだろう。
避けなければ撃たれる。
でも、この距離なら何とか電撃を避けられる。

「兄さん! 止めを・・・・」

こちらに魔法を集中している男は無防備。
蹲ったまま移動していないから、きっと先ほどのダメージが大きすぎて動けないのだ。

「だから、応用力が無いって。お嬢さんは・・・」

また同じことを言われた。
そうして、今度は体すれすれに打ち込まれた電撃を避けた、途端に、ざくりと重い音がして、脇腹に熱い痛みが走った。

「!?」

死角の右側の地面に転がったのは、ナイフ。
先ほど投げたナイフのうち一本だ。
けれど、なぜ、・・・・誰が?

「そこから離れろぉ!!」

叫んで、隊長が走ってくる。
破れた皮膚から血が飛び散るのも構わずに。
そして、また打ち込まれた電撃に、ユレンは何が起こっているのかがやっと分かった。

先ほど電撃を無効化するために投げ捨てたナイフが、打ち込まれる光線に反応して浮き上がり、飛ばされて、ユレンに向かって飛んでくる。

「電磁石・・・・!」

電気を帯びたものが、一時的に磁石のようになるのは知っていた。
ナイフに纏わりつく電気の量が異常なのは、きっとまだその雷が男の魔法力から開放されていないから。
ユレンを目標に打ち込まれる電撃に反応して、地面に散らばっていたナイフが四方から飛んでくるのに、視界を半分奪われ、傷に平衡感覚さえ怪しい彼女は反応し切れなかった。

全身を貫かれる覚悟で、目を閉じる。
罠にはめられたのだ。
先ほど何度も打ち込まれた電撃は全て誘導で、この場所に追い込むため。
・・・・本当に、相手の作戦勝ちだ。

血が足りなくて、痛みで、もう動けない。
諦めかけた時に、引き倒される感覚。

背中一面に冷たい土の感触。



―――――どしゅどしゅっっ!



重い音。
けれど、痛みは無く。
ぱたぱたと頬に感じた生暖かいものに、ゆっくりと左目を開けると、目の前に厚くがっしりとした、けれど焼け爛れた胸板があった。
良く知る褐色の肌。


「・・・・・・兄さん・・・・・・・?」


「黙ってろ・・・・・」


ぼそぼそと喋ったのは、いつもの優しく諌める口調。
視界が赤い。
生暖かく降りかかってくるのは、雨じゃない。きっと、血だ。


「兄さん・・・・? なんで・・・・・」


怒鳴りたい。
また勝手なことをしている。リーダーの自覚、持てって何度言ったら分かるんだろう。
このお人よしの兄貴は・・・・・。

でも、ねぇ、なんでだろうか。

傷に障るのに、すぐにでもこんな事の現況になっている男の首元を噛み切ってやりたいのに。

視界が歪む。


涙に赤い色が混じっている。
いったいどれだけの血で、自分は染まっているんだろうか。
どれだけの血を、兄は流しているんだろうか?


「・・・・・・しぬなよ」


ため息のような声と共に、重い体が崩れ落ちた。
腕と体でユレンを囲うように倒れてきて、意識の霞み始めたユレンはそこから這い出ることも出来ない。



どいて。

男が逃げる。

もういないのに。


私しかいないのに・・・・。





ふつりと、意識が途絶えた。


月の無い夜に・5へ続く

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