月の無い夜に・3




月の無い夜だった。




激しく飛び散る剣戟の火花と、それに織り交ぜられる魔法の光。

浮かび上がるのは、次々と打ち倒される、
…仲間の姿だった…。






ガキィィィ!!
激しい金属同士の擦れる音と共に、空中でぶつかり合った影。
火花に浮かび上がったのは赤い髪を乱し、額に汗を浮かべたグレスと、
所々に傷を負いながらも、未だに抵抗を続ける、精霊族の男だった。


目潰しのあと、予想以上の素早さで逃亡を図った男は、こちらの用意した包囲網を一度は楽々と抜けてしまった。
再び包囲網へと囲めたのは、日がほぼ落ちて辺りが闇に沈み始めた頃。
大陸西側の部隊の駐屯地からも、大分距離が開いてしまっていた。


(夜になると視界が利かなくなる…。もう包囲を抜けられるわけには行かない…。)
抜けられて、辺りの森に姿を隠されては、明るくなるまで見つけ出すのは困難。
それに、ここよりもう少しいった場所には、人間の町があるのだ。
そこに逃げ込まれては、被害が大きくなってしまう。

(ここで、仕留める)

ユレンは心の中で呟くと、手に持ったナイフをきつく握り、細く息を吐いた。





「お兄さん…そろそろ諦めたら…?」


ぎりぎりと、ナイフを渾身の力でおしつけながら、グレスが唇をゆがめる。
精霊族の男は、それを鼻で笑い、同時にグレスの腹に向かって片足を振り上げた。

「っと!!」
「どけっグレス!」

蹴りを避けて飛びのいた赤毛の彼の背後で、副隊長のミーシャが怒声を上げる。
直後、ミューラの唱えた氷系魔法の弾丸が掠め降り注いだ。
冷気を纏った氷の塊は、蹴り上げた反動で重力のままに地面へと落ちていく男を追う。

「!」

しかし、男は空中で身体をひねり、弾をぎりぎりで避けきると、くるりと体勢を整えて地面に着地した。
その足元を、外れた氷の弾が抉る。
そして、睨み上げた男の身体の回りに、バリバリと激しい音をたてて電撃の玉が回り始める。

「! ミューラさん、グレス、避けて!!」

「イズン・イクス・ペンタ(雷の五矢)!!」

属性弾魔法でも上級の、矢系に属する魔法。
貫通性もスピードも段違いな雷の矢が、一瞬にして二人のいた中空を貫くのに、ユレンは思わず悲鳴を上げそうになった。


「おぉぉぉぉぉ!!」


しかし、咆哮が上がったのはユレンの斜め後ろ。
巨体が、その姿からは想像も出来ないようなスピードで、魔法を放った後の僅かな隙を抱えた男へと飛びかかる。

隊長だった。
勢いのままに男に向かって拳を打ちおろす。
「……っ!」
勢いも重さも乗った拳だったが、しかしぎりぎりでそれはかわされ、地面へと轟音をたてて突き刺さった。
砕け散った岩石の破片と、細かい砂塵が舞い上がる。

「ユレン!!援護しろ!!」

素早くナイフに持ちかえて、逃げた男へ向かって追撃を繰り出しながら、の声に、ユレンは大きくうなずいた。
隙を伺っていた樹上から、視界を大きくとれる位置へ身体をずらし、ナイフを銜えて魔法詠唱の体勢に入る。

ちらりと確認した視界のはしで、先ほどの魔法のダメージを微妙に受けたものの、無事な二人を確認して…。

「隊員を何人も殺しやがって…。貴様だけは絶対に俺が首を獲る…!」

ぎりぎりと歯を食いしばり、怒りに染まった目で、獣族特有の発達した犬歯を剥きながら吼える。
そして、残像が見えるような勢いで繰り出すナイフに、男も咄嗟に抜いたナイフで応戦するものの、力負けしてどんどんと押されていた。
裁ききれない刃先で、男の服が切れ、血が散る。
ぎりぎりで急所だけは守るものの、押されていてはいずれ崩される。

「ちぃっ…」

力ではかなわないと踏んだのだろう。
男が身体を逃がし、距離をとろうとしたのを、ユレンは見逃さなかった。

「サイア・ノナ!!(炎の九弾)」

溜めてあった火球9つを、一気に叩きこむ。
ドォォォン!!

ほぼ同時に叩きこまれたそれは、激しい音をたてて燃え上がる。
9つ同時の攻撃は、雨系などの多段魔法を落ち込むよりも威力が高い。
しかもそこそこの範囲のそれに、これは流石に避けきれていないだろうと思われた。
ユレンの魔法を避けて飛びのいた隊長もそう思ったのか、ユレンの方に視線をよこすと、にやりと笑う。



「危ないっす!!」



「!!」


響いた声と共に、眼前に飛び出した身体。

そして直後、その赤い髪の青年の身体は、猛烈な何かにぶつかられた様な勢いで横凪に飛び、近くの大樹へと叩きつけられた。


「グレ…ス……?」


その軌道上に薄く残る魔法の残滓を辿ると、燃え上がる炎の中に。
ぱちぱちと草木が爆ぜる中から、座り込み、身体を着ていたマントで庇った満身創痍の男が、凍るような瞳で睨み上げていた。



「グレス!!」



咄嗟に飛び出して、地面に転がった動かない小柄な魔獣族の青年に駆け寄る。
身体を丸めたその背中には、まだパリパリと小さな電撃が散っていた。
手が痺れるのをいとわずに、伏せていたその身体を仰向けにして、息を飲む。
魔法を受けたのだろう身体の前面は、腹部を中心に、激しい電源で炭化するほどに焼けていた。

一目で分かってしまう。
…もう、助からない、と…。



ずきりと、心が痛む。
悔しくて、涙が溢れそうだった。


「グレス!なんで庇った…!!」


油断は自分だった。
炎を打ち込んだ時点で、終わったと思ってしまった。
そんな楽な相手では無いと、分かっていたのに。


赤髪の青年が、細い息を吐きながら、何かを呟いているのに気がついて。
ゆっくりと、耳を寄せる。




「…身体 勝手に…。 ユレ…ぶじなら   いいんすよ」



・・・ダメだった。
ぼろぼろとこぼれる涙を、止められなかった。



「たおして…  ださい…っす  負けんな…っ」



強く呟いた声。
そして、…それを最後に、何も続かない。


そっと顔を離し、見下ろすと、赤い髪の青年の瞳は、もう何も映していなかった。
まだ暖かい褐色の頬に、自分の涙がぽたぽたと落ちる。



『負けんな』



涙に埋もれかけていた、憎しみが息を吹き返す。


(泣いてる…訳にはいかない…)



「あとで…かならずちゃんと、葬るから…」


低く呟いて、そっと目を閉じさせて、ユレンは立ち上がった。
離れた場所で、ミューラが痛ましげな瞳でこちらをみているのに、ひとつ、頷く。


隊長が、まだ男と睨みあっていた。
炎は燃え上がり、辺りは真昼のように輝く。



魔獣族は死者の傍では泣かない。

なぜなら、

その者が天寿を全うしたなら、神と祝え。
その者が病に倒れたならば、弱き者を助けよ。

その者が殺されたならば、


仇を打て。





倒すべき相手は、まだそこに、いた。


月の無い夜に・4へ続く

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