月の無い夜に・2




綿密な作戦打ち合わせ。
現場の下見。
それぞれの持ち場の確認。
万が一にも、失敗は許されない。


それはすなわち   己の死





今日の午後から、作戦は始まる。
計画した動きを何度も脳裏でシュミレーションしながら、ユレンは兵士それぞれに予め支給される愛用のナイフを磨いていた。
鏡面のように冷たく輝くそれをふと覗き込む。
軍に入ったときよりも、だいぶ髪が伸びていた。

「緊張してるのか?」
不意に背後で響いた安定感のある低い声。
刃の銀に、白い髪を刈り上げた、隊長の姿が映っていた。
「そんなことないです。」
「目を見ないのは嘘をついているときの癖だぞ?」
くっと笑い声を立てて、男が厚い背中を当ててきた。
温かな、大きな背中。

「・・・うまくいくさ。 だから怖がるな」
「怖がってなんか、いない。馬鹿にしないで隊長。」
いつものように、ぴしゃりと返す。
いつものように、いつも通りに。




「ユレン、・・・たまには、昔みたいに兄さんって呼んでくれないか?さびしいぞ」




「!」



いつも明るく喋る声音とはかけ離れたしんみりした声に、ユレンは驚いて背中を離し、振り返って男の背中を見た。
なんだか、妙に小さく見えた。



「・・・なに、・・・・弱音はいてるんですか!」
頼りなげに見えた。
それは・・・・・予感。
だから、そんな嫌な思いを忘れたくて、ふっきるようにその背中をばしん!と思いっきり叩いた。
男がつんのめって、椅子から転げそうになる。
「何するんだ!痛いじゃないか!」
涙目で振り返った彼は、もういつもの表情。
暖かくて安定感のある、皆の隊長。
それに、動揺は収まって、いつもの調子で怒鳴りつける。
「しゃきっとして下さい!あなたがそれじゃぁ、部隊がたるみます!」
「ったく。少し優しくしようとしたらすぐこれだ・・・」
「余計なお世話です!」
まだ、背中をさすりながらぶつぶつと呟く彼に、ぐっと拳を突き出す。

「狩、成功させましょう」

男は、一瞬その拳を見つめると、にやりと笑って自分の拳を当てた。

「ああ!」









そして午後。

何気ない呼び出しで、目標を貸しきった演習場に呼び出した。
演習場の各場所にはすでに隊員が隠れて待機している。
演習場で目標を待つのは隊長と副隊長のミューラ、隊員1名のみ。
ユレンは息を殺し、彼らを見下ろせる木の上で様子を伺っていた。



「失礼します!」



若い男の声が響き、演習場の扉が開かれた。
入ってきたのは、一見特に特徴のない魔獣族の青年。
褐色の肌に、長い髪は金色で、ひとつにして背中に流していた。
階級もこれと言って特徴のない3等兵士。


(変身草を使っているな・・・・)


さすが諜報員とあって、姿形を魔法で買えているとはいえ、言われなければ、精霊族だとは思えない。
青年は何の疑いも無くただ呼び出されたものと思っているのか、隊長と副隊長の前まで来ると、ぴしりと軍式の敬礼をした。
隊長は最初にこやかに当たり障りのない会話をしていたようだが、ふと黙り込み、笑みを深くした。


「それで、有益な情報はつかめたか?精霊族の間諜さんよぉ?」


(始まる!)


その声を合図に、いっせいに部員たちが気配をあらわにする。
青年が驚いたように隊長を見、さらに、姿を現した自分たちを順に見やる。
「何の事ですか・・・? 私にはよく・・・・」
眉を下げておろおろと振舞うそれは、演技だ分かっていても、完璧だ。
「名前も分かっているんだ。カース・イルセル?」



その言葉に、青年がぴたりと動きを止め、そして、一瞬うつむいた。
ゆっくりと顔を上げると、表情は一変していた。


瞳には、さすがに焦りが浮かんでいたが、表情が先ほどよりもずっと精悍になり、口元に苦い笑みを浮かべる。

「ばれたなら仕方ないな・・・・」

そのまま、小さく何かを唱える。
おそらく、変身草の解呪ワードだったのだろう。
瞬間、彼の頭の先から粉が剥がれる様に、髪の色が金から緑がかった褐色へ、肌の色が白人のそれに変わる。
そして直後、隊長らにむかって、目潰しのようなものを投げ掛けた。


「・・・仕留めろ!逃がすな!!」


目を庇いながらの怒声に、隊員たちがいっせいに配置から飛び掛った。






日がやがて西日になる。
赤い赤い夕日。

長い夜の始まり。


月の無い夜に・3へ続く

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