月の無い夜に・1



「大きな命令が降りてきた」



声が響いたのは、魔族軍の、魔獣族団、代三部隊の部室だった。
そこそこの広さのそこには、数人の黒いアーミー服を着た獣族が、非番をもてあますようにそこここで暇をつぶしていたが、
その声にぴくりと反応すると、戸口に注目する。

戸口で誇らしげに笑んだのは、顔と腕に白い刺青を施した濃い褐色の肌の体格の一際いい獣族。
ガタイはいいが、白い髪を借り上げたその顔は優しさで満ちていて、穏やかな気性の印象を与えていた。
彼は、袖を捲り上げてた素肌の腕の、獣族でもなかなかお目にかかれないような自慢の力瘤をパン!と景気良く叩く。
「やりがいがあるぜ!?」
「本当(マジ)すか?隊長?」
その様子に、座っていた二段ハンモックの上段から嬉々として飛び降りたのは、赤い髪を短く刈った少年。
こちらは小麦色の肌で、猫に似た耳をぴくぴくと揺らす。
ほかにも数人の獣族が、隊長と呼ばれた男の言葉に、思い思いの場所からわらわらと集まってきた。
男女入り乱れているが、皆健康的な褐色の肌の色。平均身長も高い。

「どんな内容なんですか?」

集まった輪を切り進み、長い白髪の女性が進み出て、代表して隊長にそう尋ねる。

「ぉー今日も美人だな、ユレン!」

がはは、と笑う隊長に、ユレンと呼ばれた女性はピシャリと冷たい視線を向ける。
「からかわないでください、隊長。まじめな話です。」

ぴんと眉を張った表情に、隊長はおーこわと呟きながら、バリバリと頭を掻く。
「相変わらず隊長はユレンちゃんに弱いよなぁ!」
けらけらと隊員たちに笑われて、男はこめかみをぴくぴくと言わせ出す。
「お前ら、笑うんじゃねぇー!!」
ごんごんごん!!
「いってぇー!! 隊長ひどいっす・・・・」
「もう一発か?!グレス?!」
「なんでもないっす・・・!!」
赤毛の少年は頭をかばいながら隊長から距離を置く。
拳骨を入れられたほかの隊員も、少年に習って隊長のそばから離れた。
「ほらほら、馬鹿やってるとまたユレンちゃんに怒られるわよ〜?」
生真面目な表情の白髪の女性の肩に、しなだれるように寄りかかって顔をのぞかせたのは、妙齢の女性。
ウェーブのかかった長い黒髪を高く結い上げて、紅を引いた唇を面白げに歪めている。
「ミューラさん、軍服はちゃんと着てください・・・」
「女同士なんだからいいじゃなーい」
くすくすと笑う女性に、ユレンは頭痛を耐えるような表情で目を伏せた。
「ほかの隊員の目の毒なんですってば・・・・」
基本的に、軍服であれさえすれば、どう着崩しても構わないのだが、それでもミューラの服は改造のしすぎだった。
豊満な胸が今にも零れ落ちそうなその様子に、男性隊員の挙動がおかしい。
「もう、ユレンちゃんってば真面目なんだから。隊長とは大違い」
笑う表情は変わらないので、まったく堪えてないようだった。
そうして、ひとしきり笑うと、ミューラも隊長へと真面目な顔を向ける。
「で、ふざけるのはこれくらいにして、内容は?」
ハスキーな声は落ち着いている。先ほどの擦れた感じは微塵もない。
副隊長として部隊から厚く信頼される、ミューラの本当の顔だった。
「ああ、」


すっと、男の顔が引き締まった。
空気がぴんと張り詰める。


「軍に精霊族の間諜が紛れ込んでいるっていう噂は知っているか?」


「!」


「聞いているわ。」
ミューラが腕を組んで鋭い視線を向ける。長い耳がひくりと震える。
隊長が、全員を見渡して、ゆっくりと答えた。
「片付けるようにとの事だ。誰かは分かっている。」

「偽名はエルフィード・ルーク、本名はカース・イルセル、精霊族の、諜報部員だそうだ。」

「諜報員・・・弱くはない相手ね。しかも、敵軍に単身侵入するとは・・・」
ユレンが口元に手を当てて呟くのに、隊長は大きく頷く。
「ああ、かなりの実力の持ち主だろう。だが、・・・・・・・・獲物が強い方が楽しめる、そうだろ?」
ぺろりと、舌なめずり。
部隊の興奮が高まるのが分かる。




「狩だ!」


月の無い夜に・2へ続く

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