【 水底のオルゴールは追憶の緋を奏で・2 】





 夕方にかかる前に、最終鉄道に間に合うよう駅舎に戻るメルを見送った後、俺とイーザの二人はカンナさんの屋敷に向かった。

 お屋敷に来るのは2度目だ。
 以前は父親と対決する彼女の付き添いで、あまりゆっくり眺める余裕はなかった。街を見下ろせる高台に建った屋敷はあちらこちらが異国風に仕上げられていて、興味深い。
 内装も異国のものと一般的なお屋敷の調度品が混ざり合い、どことなく不思議な空間だ。
 風通しがよい室内は昼の暑さなど残っていなくて、ひんやりとした風が抜ける。どこからか花と木の混ざったような微かな香りがした。
 生花とは違う少し薫るような香りは、市場で少し嗅いだことがあった。エルトシアの香水のようなもので、室内に香りをつけるもの。

 待たされている部屋には冷たいお茶が用意されていて、なんの警戒も無しに飲んでしまったらイーザに睨まれた。今更カンナさんに警戒なんていらないだろうに!
 喉を通ったのは飲みなれた紅茶でなんの変哲もない。平気だとジェスチャーすれば、今度は長い溜息。
 本当に、イーザの人間不信は相当なものだ。まぁ、一人旅ならそうにもしないと、駄目なことも多いんだろうけれど……さ……。

「ごめんなさい、待たせたわね」

 半刻もしないうちに、やや慌てた風で猫耳と尻尾の少女が入ってきた。
 凛とした縦長の青い目が、室内の俺とイーザをとらえて、懐かし気に細まる。
 まとったドレスではない不思議な民族衣装はエルトシアのものだと言っていた。最初に出会った時がその格好だったから、後からドレス姿も見ても俺はなんとなく、その身軽な格好のほうが彼女には似合うような気がしていた。

「久しぶり、カンナさん」
「えぇ、有難う、来てくれて。レイ、…イーザ。あの時はお世話になったわね」

 よく考えたら、イーザと彼女は当時あまり話してなかったかもしれない。
 目礼で答えた彼に特に気を悪くしたようでもなく、カンナさんは向かいのソファーに座った。さすが、オークションを束ねるお嬢様だ。肝が据わってる。

「あまり時間がないから、さっそく話すわね。確か、内容次第で、」
「あぁ。受けるかどうかは内容次第だ」

 淡々としたイーザに答えに、カンナさんは頷いた。
 ……そういうことだ。
 イーザはいつも内容を直接確認してからじゃないと受けない。ハンターの仕事にも色々とあって、文書だけで請け合うものも多いようなのだけれど、彼は直接対面できるものしかやらない。まぁ、俺はイーザのおまけみたいなものなので、彼がそうするならそれに従うだけだった。
 きっと、彼なりに理由があるんだろうけれど、そのことはまだ話してもらってはいない。

「海賊船、ですか」
「えぇ」

 それから彼女の口から語られたのは、まさについ先ほど俺たちが話していた船の話。
けれど、それは彷徨う魂ではなく、生きた人間のもの。話題の海賊船だった。

「大きな航路ではなくて、小さな港町をつなぐための航路が狙われているようなのよ。大型船ではなくて小型船を使うから、襲いやすいのかもしれないわ」

 彼女の示した周辺の地図と海路には、目立つラインが引かれていた。おそらくそれらは全て彼女と彼女の父親の扱う商船の航路なのだろう。

「護衛ぐらい雇っているだろう」

 地図を見下ろしてのイーザの声は全く乗り気がしないといった淡々としたものだ。でも、俺も同意見だ。カンナさんの御父上なら、大事な商船のためにきちんと用心棒を用意しているだろう。なのに、なんでこんな話を……?
「もちろん。お父様が用意した用心棒も乗っているわ。でも最近、妙な噂があって……」
「え、まさか…」

 その切り出しに強烈なデジャ・ヴを感じて、思わず聞き返す。
 彼女は細い眉を神経質そうにひきつらせて、溜息をついた。細長い尻尾が苛つくように揺らめく。

「幽霊船が出るっていうんで、やりたがらないのよ。みんな。あんなガタイがいいのに、ケツの穴が小さいったら…あら、失礼」
「ケツ…」

 飛び出した悪態に思わず復唱。彼女はドレスを着てなければやっぱりどうにもお嬢様というキャラクターには見えない。
 最も、スラムにも平気で出入りするお転婆だ。これくらい序の口だろう。
 それにしても、ここにきてまた幽霊船か。なんだか縁があるのかもしれない。
 ちらりと見上げたイーザはすました顔でお茶に口を付けている。どうするんだろうか。『幽霊船』。

「本当は私が乗り込んで発破かけてやろうとも思ったんだけれど、お父様が許さないわ。それに……孤児院の事もあるから、ずっと船を見張るわけにもいかないから」
「孤児院、うまくいってるんだね?」

 彼女が父親から譲り受けた新しい屋敷は、あの後無事に孤児院として開放されて、その全運営権が今カンナに任されている。彼女一人では出来ないから他にもいろいろな人を雇ったり、頼ったりはしているだろうけれど、並大抵の苦労ではないはずだ。
 彼女の父親が示したものは、ある意味個人的に子供たちを助けていた頃よりも段違いに難しい事だろうと思う。厳しいけれど、でも彼女になら出来ると任せたのかなと、俺は今も思っている。

「えぇ。いろいろとやんちゃな子供も多いし、言葉の違いを抱えたままの子もいるから、今はシキとセイにも頑張ってもらっているのよ」
「え! 二人とも、庭師やめて、カンナさん手伝ってたんだ?」

 それは初耳だった。屋敷に来たのに、二人がいないなとは思ったけれども……。
 俺の反応にくすりと笑い、

「お父様にお願いしてね。二人は私の気持ちを良くわかってくれるし、孤児たちの気持ちもわかるから、頼りにしているのよ。
 ……シキは相変わらず、私が話しかけるといつも緊張しているけれど。友人のように接してくれと話しているのに、あれで結構頭が固いのね」

(シキの頭が固い……?)

 ややイメージが違ったので迷ったが、すぐに納得。
 彼はこのお嬢様が好きで好きで好きすぎて、いつも相対すると真っ赤になって舌を噛むくらいに緊張しているのだ。…あまり通じていないようだけれど、頑張ってほしい…。そっと心の中で両手を合わせた。

「幽霊船の噂程度で護衛が足りないなんて、報酬でもケチってるのか」
「失礼ね。そんなことないわ。でもね、海の男ってのは信心深い人が多いのよ。……海賊や正体の明らかな海の魔物には微塵も退かないのに、幽霊船には関われば呪われるって怯えられてね…。船にも乗らないんじゃこのままでは航路が危ないわ」

 失礼な言葉にひとにらみを返したのち、カンナが真剣な顔で目を閉じた。
 冷えた風がまた一筋通り抜けて、暗くなった室内を照らしたランプの灯を一度くゆらせる。
 再度開いた彼女のまっすぐな目に、冗談ではない真剣な色が浮かんでいた。

「だから、レイ、あなた達にお願いしたかったの。精霊族って、魔法とか魔物とか得意でしょう? 私も幽霊船なんてありえないと思ってる。だから、何が『居る』のか見極めて欲しいのよ。……出来れば、私がちゃんと信頼してる人に」

 精霊族が魔法的なモノに敏感なのは確かだ。
 けれど、残念なことに今いる相手はあまりそういう事には向いてないかもしれない……。隣でじっと黙り込んでいるイーザを見上げる。一瞬、脳裏に『そういったこと』が得意なのはあちらかもと別れたばかりのメルファの姿が浮かんだが、彼は今は別件で忙しいようだ。……ならば、

「イーザ、俺、カンナさんの手助けしたい」

 彼の返答が出る前に先を制してしまおう。恐らく、この手合いはあまり受けたくないだろうと思ったのだ。けれど、俺は頑張っているカンナさんがわざわざ手紙を送ってまで助けを求めてくれた気持ちを大切にしたい。
 じっと濃青の目を見つめると、明らかに顔は『不服』を表していたけれど、しばらくして溜息と共に伏せられた。

「まぁ、『幽霊船』なんているわけないからな」
「うん……!」

 折れてくれた相手に視線で有難うと伝えると、伏目がちの顔が逸らされた。彼はあまり礼とか向けられるのが得意ではないのだ。
 苦笑を隠して向かいで胸を撫でおろす少女を振り返る。

「カンナさん、ちゃんと正体見つけるから、待ってて」
「えぇ…、任せたわ」

 ほっとしたような頬笑みに、俺も笑顔を返して、きちんと期待に応えなければと気を引き締めた。
 結局、昼間はただの噂だと一蹴した『幽霊船』に関わることになりそうなのは、不思議な縁があるのかもしれないと、そう思ったからだ。



 ◆ ◆ ◆



 ガタンガタンと体を揺らす線路の音。

 それに耳を澄ませたメルファは、窓の隙間からかすかに吹き込む風の香りをかいだ。微かな海沿いの風はルクスブルクからずっと続いている。
  窓からの日差しは無くなって、時刻もそろそろ陽が落ち切った頃だろう。

「こう、急に一人になると、寂しくなりますね……」

 つい先ほどまでの賑やかな友人たちとの会話が思い出されると、少し悔しい。
 もちろん相手がいないので、独り言だ。逆に空しくなってしまって開けていた眼を閉じる。高速鉄道は馬車の何倍も速い。あっというまに最後の駅につく。
 見えていないのに眼を開けているのは癖のようなものだ。閉じていると明らかに障害だと無用な気遣いを受けるから、いつの間にか身についてしまった。
 正確には僕は『見えていない』わけではないから。

 間を置かず、きしんだ音を立てて列車がホームに停まる。最近になって新たに伸びた海沿いの終着駅で降りるとあたりは夕闇の気配がした。馬車を捕まえて乗り込む。
 行き先を告げると、馬車は滑るように走り出した。

 シフォンから預かった荷はそれほど大きくも重くもない。ただ、王都から動けない彼からの頼まれごとが少しだけやっかいだった。

「意識が戻らない…病気…」

 小さな港町で多発しているらしい流行病とやらは、実はルクスブルクより上の漁村でまずは発覚した。そちらは騎士団が出入りする街が近く、様子がおかしいという噂がスムーズに伝わったのだ。
 流行病なら手を打たなければならないと、シフォン医師以下王都の医師団と、人間の医師団とが協力して対応に当たった。

(けれど、)

診察の結果は病というより魔法の影響。つまり、何らかの魔法で意識が飛んでいる状態。そうシフォンは判断した。
 もちろん伝染するものでもないけれど、問題は『感染源』が見つからないことだった。
 幸いにして大都市であるルクスブルクにはその症例は無く、都市より北部の海沿いを中心に今は警戒網が敷かれている。

 けれど、ルクスブルク以南の港町に、似たような症例が出ていたかもしれないと、そんな噂が届いたのだ。
 症例確認のため人を遣る話が出た時に、僕はなぜか自分が行くと手を挙げていた。
 謎の病の解明に慌ただしい王都内で、レイ君達も別の大切な事情で離れてしまっていて、僕も僕で王都を長く離れることはできなくて。
 だから少しだけ外に出たかったんだろうと今は思う。その時、ちょうどレイ君の手紙が届き、ルクスブルクに向かうと知ったこともきっと大きい。
 とにかく、本来なら騎士団の誰かを派遣するところを、僕が代理にたった。

『無理はしないでくださいね。君は魔法の気配に敏いから、おかしなものを感じたらすぐに退いて、私か騎士団を呼んでください』

 優しい声音の医師の手が心配げに言い募りながら、差し出したのは『試薬』だ。
 同じ症例のものならば、反応するとのことで、今回僕ががやるべきことは二つ。

 ひとつは、試薬による患者の確認。
 ふたつは、合致するならば騎士団及びシフォンに連絡したうえでの周辺の確認。

(大丈夫、難しい事なんかない。試薬は触れさせるだけ。移るものではないのは確認済み)

 この考え方はすでにその症例が『同じもの』だと決めているようなものだけれど、なんとなく、僕は『同じもの』なんだろうと感じていた。

 ふと、脳裏に昼間レイ君達話していた怪談話が浮かんだ。
 ここ最近まことしやかに囁かれる幽霊船の噂は、そういえば、当たり前だか全て港町が発端だ。
 今や王都に届くくらいで、可哀そうな騎士団はその噂も調査しなければならないらしい。
 ただの海賊船だとしても、主要海路は精霊族も人間も共有して使っているものだ。不審船が大きな悪さをしないうちに対応しなければならない。
 最も、幽霊船の方は病に比べればただの怪談話の域なので、後回しにされている様子ではあった。

(レイ君達、今頃カンナさんの所かな……)

 映らない目で窓の外を追ったけれど、残念ながら彼らが見ているかもしれない月や星は、僕にはわからず、ただ同じ空を見てるだろうと思いを馳せるだけだ。



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