暖かなこの地方では、今はもう夏野菜の美味しい季節となりました。

遠い日、出会ったあなたは、今もこの空の下、どこかで元気にお過ごしでしょうか?

あれから大分経ちました。
今では町には、あの頃の面影はあまり残っていないけれど。
この空だけはいつも変わりません。
あの日と同じ季節が巡り、同じ香りの風が吹くと、いつもあなたを思いだします。

お元気ですか?幸せですか?

あまり話せなかったけれど、あとのお二人もお元気ですか?

今はもう、私はすっかり変わってしまったから、どこかですれ違っても、あなたは私が分からないかも知れませんね。
けれどきっと、あなたは今でも、あの頃と変わらずにいるのでしょう。

会いたいとは申しません。
ただ、あなたが幸せにいると言うことを信じて、私は今日もあの町で、静かに暮らしています。

どうか、あなたの長い生が、幸多くあらんことを。
この手紙がいつか、あなたへと届くことを。


『遠い日のあの色を』




いつものように、市場に行って夕食の材料と、果物を頂いてきた、いつもどおりの夕方。
町の中央から離れた丘の小さな教会に行く道を、私は普段と同じように帰っていたはずだった。

そう。

非日常は突然にやってくる。



「今日はいい香辛料貰ったし、久しぶりにシチューかなぁ。あの子たち喜ぶだろうな」
教会で預かっている数人の子供たちは、今が丁度やんちゃ盛りの食べ盛りだ。
人数より多めに作った夕食もぺろりと平らげてくれる。
ほほえましいその光景を想像しながら、私は上機嫌に、夕日に染まりだした町のはずれを歩いていた。
裏路地に程近いこの細い道は、見える限り人はいなくて、茜色の夕日が白い壁を静かに淡く染め上げている。

急に、視界を染めていたはずの夕日がさえぎられた。
はっとしたときにはもう遅く。

いきなり路地から飛び出し、視界を覆ったその人影と、私は見事にぶつかった。

「きゃ」「うわっ」

声で男性だと分かった。
しかし、そんな事に構うまもなく、私は弾き飛ばされてそのまま路地に座りこむ。
相手は相当なスピードで飛び出したようだ。
抱えていた材料は辛うじて落とさずに済んだものの、思いっきり尻から地面に倒れて、打ち付けた部分がじんじんと痺れる。
座りこんだまま立てずにいると、相手が慌てたように屈んで、こちらを覗きこんできた。

「だ、大丈夫・・・? ごめん。俺ちゃんと前見てなくて・・・・」

さっきの短い声では良く分からなかったけれど、ちゃんと紡がれた声は思ったよりずっと若い、少年とも青年とも判別できない、柔らかな声だった。

「大丈夫じゃないわ。本当、ちゃんと確認を・・・・」

痛みに生理的に浮かんだ涙目のまま、覗きこんでいる相手を見返して、一瞬唖然としてしまう。

覗きこんでいた彼は、・・・・・・めったにみれないくらい、綺麗な顔をしていたのだ。

真っ黒な髪は、夕日を弾いてつやつやしているし、肌は髪の色に反して北方系のような真っ白。
きっと全力で走っていたんだろう。頬が少し上気して、薄いピンク色。
そして、大きな翡翠色の瞳が、高給な宝石みたいに澄んでいた。

「怪我無い?立てる?」

20前後の彼は、そう言って手を差し伸べてくれる。
なんだか華奢で少し頼りないその手を取って、立ち上がりかけたその時、彼は弾かれたように背後を振り返った。

「! ・・・・もう追いついてきた・・・」

小さな舌打ちと共にそう呟いて、私をかばうように正面に立つ。袖や襟に重そうな飾りのついた黒いロングコートの背中で、長く伸ばした黒い髪が尻尾のように翻った。
彼の肩越しに薄暗い路地を覗きこむと、はるか向こうから複数の足音が響いて来ている。

「ごめんっ」

声が聞こえた、と同時に、体に重力を感じて。
視界が一気に変わった。風を切る音。
・・・・・・・・・・呆然と足元を見ると、遥か下に、路地。
白い煙が上がっているのは、なんでだろう・・・・。

「え?! 何!!? え!!?」

「わっ・・・暴れないで・・・・っ」

飛んでいる------------。
そう思ったのは一瞬で、直後に落下が始まる。
パニックになりかけた私を、彼が慌てたように諌め様としたが、それは必要なかった。
ふわりと起こった胃の浮くような気持ち悪さに、私は傍にいた彼(実際には彼が私を抱き上げているのだけれど)に声も無くしがみ付くしかなかった。

「******** Selfam(セルファム)」

ごうっ!と唸る風きり音の隙間から、彼の聞き慣れない言葉を呟く声が、少しだけ聞き取れた。
目を閉じる前に有り得ない高さまで飛び上がっていたから、このままでは地面に叩き付けられると覚悟していたのに、呟きの後に乱暴な横凪の風が沸き起こる。

浮遊感が収まり、あとに続くのは船に乗ったかのようなふわふわとした揺れ。
うっすらと開けた視界に、ひらひらと舞い散る羽毛が見えた。

「・・・・?」

視界の高さはまだ中空。
恐る恐る見下ろすと、今度こそ私は空に浮いていた。
正確には、私を抱えた、彼が。
舞い落ちる輝く羽毛を目で追うと、彼の肩の少し上辺り。半透明の翼が生えている。

「ま、魔法・・・・?」

こんな魔法、見た事が無い・・・・。
魔法学を納めていないから詳しくは無いけれど、さっきの呪文も聞いた事ことが無い発音だった。
私の呟きに気がついたのか、彼が下を睨み付けるようにしていた視線を向けてきた。

「ごめんね。少し待っていて。後ですぐ安全な場所に降ろすから」

翡翠の瞳が困ったように瞬いていて、そんな顔をされたら何も言えない。
運良くこぼれなかった夕飯の材料の袋を、さらにしっかりと抱き込み直した私に、彼がもう一度ごめんねと呟いた。

「いい・・けれど・・・絶対に手を離さないでよ・・・!!」

「うん。わかって、るっ!」

言葉が詰まったのは、すぐ横を何かが猛スピードで横切って、それを彼が避けたせい。
思わず目で追ったそれは、白い軌跡を残して茜色の空の彼方へと融ける。
・・・・魔法銃の弾道、だ。

かつて、精霊と精霊魔法が争いの戦力の大半を占め、魔法が何よりも恐れられていた時代。
それを扱えるという精霊族と魔族が大戦を経て力を失って久しい。
変わりにその穴を埋めたのは、科学力と魔法を科学的に起こす魔法学という学問。
精霊魔法のように、種族限界、血の限界の無いそれは、理解する頭脳と潜在的な魔法力さえあれば、誰でも扱えると言う。
より一般的に。より多くの人々が。
今では魔法というとこの魔法学を指し、精霊魔法を古代魔法と呼ぶことさえある。

そんな時代に、最近主流の武器になってきたのは、その魔法学と科学を併せた魔法兵器類だ。
魔法銃は、その中でも割と安価で、武器屋などに行けばすぐに手に入る。

だから、珍しくはない。
珍しくは無いが、それで撃たれるとなると話は別だ。

一発目が飛ぶと、次々にいくつもの弾が撃ち込まれてくる。
路地を隠していた煙が風に乗って晴れて行くと、その中に複数の人物がいて、手に手に銃と思しきものを持っているのが見えた。


***つづく?***



日記に掲載していたもの。激しく中途半端。
Willeその後に当たる物語。未来のレイとかイーザとかメルファとかの話。

ココまでくると、別の物語に殆どリンクしてしまう。