「さんたくろーすがくるんですって!」



ラズスターツ年4055年冬。
今年4歳になった小さな皇女は、ラズベリー色の大きな瞳をくるくると輝かせて歳の離れた兄の顔を見上げていた。

それはまだ大戦が始まる前。静かで穏やかな頃の物語。






Happy Christmas!





一年の終わり12番目の月も後半、寒くなったこの季節。
暖炉に火を灯したその部屋で本を繰っていた少年、ルシア・V・アルカルディアは、部屋に飛び込んでくるなり顔を輝かせて見上げてくる少女をしばし呆然と眺めていた。

さんたくろーす、…サンタクロース。
小さな彼女、妹のセイランが言うのは、イブの夜にプレゼントを運ぶという老人のことだろうか?

「にい?(兄)」

黙り込む兄に、少女が不思議そうに首をかしげる。
それにはっとしたように瞬くと、彼は開いたままだった本を閉じ、精一杯の背伸びでコチラを見上げる少女をそっと抱き上げた。
小さな彼女は、まだとても軽い。
膝に乗せられた事が嬉しいのか、きゃっきゃと笑うのを宥めて落ち着かせる。
城中、そして国中から愛される彼女は、今日も上質のドレスを着込んでいるが、繊細なレースの端が塗れている事にルシアは気がついた。

「セイラン? もしかして外に出ていたのかい?」

窓の外は小雪がちらついていた。
ここ数日、どちらかというと暖かな気候のアルカルディアにも雪が降ることが多くなった。
本格的な雪の季節にはまだもう少しあるが、一面の雪景色になるのにもそう時間は掛からないだろう。
ルシアの言葉に、少女が嬉しそうに話し出す。

「今日おさんぽにでたら、おにわの木に、「つらら」ができていたの。これくらいのね、」

これくらい、と、もみじの様な手で示されるのは、ルシアの掌の半分にも満たない大きさ。
昼夜の寒暖差で庭に出来たらしい氷柱が、彼女には珍しかったらしい。

「しゃるくがとってくれたの。でもね、すぐにとけちゃった」

にいにも見せたかった。そう言って、今度は残念そうに落ち込む少女をよしよしとなでてやる。
子供の一喜一憂は忙しい。

「それで、ね、しゃるくが、もうすぐさんたくろーすが来る季節ですね、って」

そして話題は冒頭に戻る。
話題が逸れていた事に気付いたのか、セイランが慌てたように膝の上で体の向きを変えた。
突然のその動きにずり落ちそうになり、兄妹二人で慌てる。

「!」
「わっ、セイラン、急に動くと…」
「ね、にい、どうしようかしら? さんたくろーすさんはいい子にしかプレゼントをくれないんだって!」

こちらの気持ちはお構い無しだ。
サンタクロースの話題に夢中になっている彼女は、崩れたバランスを戻すのもソコソコに、何が「どうしよう」なのか分からないが必死になっている。

「何が困ったんだい?」
「だから、いい子しかプレゼントはもらえないの! にい、私もらえるかしら??」

(なるほど)

確かに、サンタクロースは良い子にしかプレゼントをあげないというのが通説だ。
…そこに幾許かの大人の都合が含まれているかもしれないが、それを小さな子に言うほど無粋でもない。
もちろん、サンタなんて居ない、なんて、4歳児の子供の夢を壊すこともする気はない。

「セイランは良い子だよ。だから絶対貰える筈さ」
「本当?」
「あぁ。にいが保証するよ」

ぱぁっと花が咲いたように笑う可愛い妹に、こちらも頬が緩んでくる。

「じゃあ、イブの日は、はやくおやすみなさいをしなきゃ! さんたくろーすさんは、眠ってない子にもプレゼントくれないのよね!」
「うん、そうだね」
「眠っている子のまくら元に、プレゼントをおくのよね!」
「うん、そうだ…ね…」

嬉しそうに饒舌になりだした彼女に相槌を打っていく。
そして気付く。

「枕元にプレゼントが置かれる」のを、彼女は楽しみにしているのだ。

しかし、王女の寝室に夜中に入るものなど居るはずが無く。
(そんな輩が居たら、城の近衛兵に取り押さえられるし、そんな奴などルシアが問答無用で抹殺するだろう)
この3年間も、王女の寝室へと続く前室に設えた、見事なツリーの下に贈り物は届けられることになっていた。
(それが毎年、彼女を慕う者からの贈り物で山のような量になるのもその理由である。)


だがしかし、サンタクロースは枕元にプレゼントを置いていく。
サンタクロースは子供のアイドルだ。
城の警備に捕まるから無理だとは言えない。


それでも、ルシアの『ほしょう』に今からイブの夜が楽しみらしい彼女に、今更それを壊す気にはなれなくて。





それなら、と妹馬鹿な兄は心に決めた。

それなら、僕がイブの夜に彼女の枕元にプレゼントを届けよう、と。









そして、彼女の楽しそうな指数えと共に日々は過ぎて。
イブの夜はやってきた。








草木も眠る丑三つ時。

眠る振りをして寝室に篭った彼は、静かに起き出すと、こっそりと買って置いた赤い服と、可愛いポンポンのついたサンタ帽子をかぶり、変装用の白髭をつける。
セイランは間違いなく眠っているだろうが、こういうのは形からだ。
彼自身はサンタクロースを信じる歳などとっくに過ぎていたが、それでもうきうきと心が躍りだす。
最後に鏡の前に立ち、自らの装いを再確認した。

赤服に白髭、肩に担ぐのは、この日のために念入りにリサーチして手に入れたプレゼントの入った白い袋。
絵本に描かれるサンタよりは随分とスタイルが良いがそこは仕方が無い。
何処から見ても、自分はサンタクロースだった。

「よし…今、サンタが行くからな」

そのセリフに自分で笑ってから、こっそりと…。
部屋の扉へ向かった。

こういうときは不便なもので、ルシアの空間移動能力は城の中では使えない。
当然の警備として、城の敷地内では陣を用いて登録された場所以外、移動魔法を使用不可能にする結界が掛けられているからだ。
もちろん外部からの侵入を防止するためである。

よって、今の彼は城の中を徒歩で移動して妹の部屋にまで行かなくてはならない。
ルシアは面倒ごとは嫌いだ。それは自らのお気に入りが関係するとより顕著に。
…今は可愛い妹のサンタクロースに成りきる事が優先事項だ。

しかしルシアを見つけた城の兵士は、どうみても不審人物の彼を引き止めないはずが無く。

したがって、ルシアは道中、その類稀な魔法力と戦闘能力を如何無く発揮して、兵士達の屍(気絶)を積み上げていった。




「……………」
「あっはっは。ルシアの奴おもしれー。兵士をばっさばっさ薙倒すサンタとかありえねー!」
ケラケラと笑い出す褐色の肌の異民族の少年を、それまで、サンタの後姿をひやひやと見守っていた白皙の美貌の女性がぎろりと睨み下ろす。
「お黙りなさい、ヨルナ。…ほら、ルシア様が気付かない後方の兵士から回収するわよ。後始末をしないと大騒ぎになっちゃうわ」
こっそりと、ルシアの行動を伺う蒼の魔女と竜使いの囁き合いとささやかな支援(サポート)に、彼は気付いていたのかいなかったのか。




ルシアは、漸く辿り着いた妹の部屋の扉を、笑顔でそっと開けた。
その背後に連なる死々累々はこの際割愛する。
体が通るくらいの隙間から静かに滑り込み、同じくそっと閉める。
静けさに満ちた部屋の窓際には大きなツリーが設えてあって、部屋の暖炉に残された置き火の薄赤い光がオーナメントにきらきらと映っていた。
そのツリーの下には、すでに侍女たちが運び込んだのだろう色とりどりのプレゼントが並んでいる。
プレゼントはプレゼントだが、今年のそれらと、今ルシアが持っているプレゼントとは明らかに意味が違うのだ。
ツリーの下のそれらは何処かの誰かがセイランのために贈ったものだが、枕元に置くルシアのプレセントは『サンタクロース』のプレゼントだ。

なんだかにやりとした笑みがこみ上げてきて、慌てて飲み込む。

続き部屋にあるもうひとつの扉、そこがセイランの眠る寝室への扉だ。
少し緊張を感じながらその扉に向かおうとして、………その時、異変は起こった。



突如、部屋に響いたゴソゴソという何かが蠢く気配。



「!?」



間違いない人の気配に、周りを見渡す。大きな窓の向こうにも、背にしていた扉にも異変は無い。
それよりももっと近く…。

ぱらぱら…。


(暖炉…!)


埃が落ちる音に、置き火が燻る暖炉を振り返る。
その薪の上に、煤がぱらぱらと落ちている。暖炉の煙突を使って何者かが侵入しようとしているのだ。
まさか、こんな場所から侵入しようとする者がいるとは!
ルシアが今晩ここにいなければ、誰にも気付かれることなく妹に魔手が伸びていたかもしれないことに、背中を冷たい汗が伝った。

その間にも、見詰めるルシアの目の前で、零れ落ちる煤の量は増え、なにか苦しげな息遣いも聞こえてくる。

(不届き者が。八つ裂きにしてやろう)

プレゼントを争いの拍子に壊してしまわないようにそっと脇へとどけて、鋭さを増した爪をぎらりとひらめかせる。
魔法で、煙突内部で文字通り煤にしてやっても構わないが、せっかく居合わせたのだ。
どうせなら顔を拝んでから切り刻んでやる。

ますます増える煤の量。近づく息遣い。狭い煙突に体をこするごそごそという音。
緊張の一瞬。

どさりという間抜けな音と共に、侵入者は残り火のある暖炉の上へと落ちてきた。

すかさず、舞い上がった煤煙の中に手を突っ込み、その襟首を掴み上げる。



「「何者だ!」」



顔を拝んでやろうと掴み上げ、上げた誰何の声は二重。
ルシアと、なぜか掴み上げた侵入者が、同時に相手の素性を問いていた。

それに思わずきょとんとして。
…こっちは王子だが……何故侵入者が、城内部の者に名前を問うのか?

侵入者はわりと良い体格で、ぎっしりと筋肉をつけているのか、重い。
なるほど、この体格では煙突はさぞかし息苦しかっただろう。
少しずつ煤の霧が晴れていく。

そして、煙が消えて外の月明かりに照らされたのは、煤で真っ黒の…。
元は赤かったらしい服に、脱げ掛けている赤い帽子、灰色になった白いポンポン。
同じく灰色になった白い袋。

を、身に纏った…。


「シャルク!?」
「ルシア様!?!?」


思わずお互いを頭の先から靴の先まで見やって、呆然と叫ぶ。

煙突を窮屈そうに使って侵入してきたその不届き者は、ルシアの武技の師匠にして、セイランのお付をしている牙の騎士、シャルクだった。




「なるほど、お前もセイランにプレゼントを渡しに来たのか」
「はい。…まさかルシア様もとは…。先ほどは失礼しました」
「いや、それは僕の方こそ。てっきり侵入者かと思って、な」

何故に暖炉から、という疑問は直ぐに解けた。
そいえば、サンタクロースは煙突を通って子供の部屋へ行くのだ。
流石のルシアもそこまでする気にはならなかったのに、わざわざこの寒空の下煙突侵入から取り掛かったのは、生真面目な彼らしい。
まぁ、お蔭で全身煤まみれの擦り傷だらけなのだが…。やはり物語のアイドルと現実は違うらしい。

その上ルシアの鋭く尖らせた爪でシャルクの着ていたサンタ衣装の襟元はさらに台無しになっていた。
…首を掻っ切られなかっただけマシとも言えたが、そこはそこ、さすが武術に秀でた彼とあって気配に無意識に首を逸らせていた様だ。

「しかし、お似合いですよ、サンタクロース衣装」
くっくと笑ういい歳をした騎士に、少しばかり苦く自分の変装衣装を見下ろす。
セイランのためだ、恥ずかしいとは微塵も思わないが、予想外なところで見つかってしまった。
こっそりと処分して、本当にやってきたサンタクロースにセイランと二人喜び合おうと思っていたのに。


「まぁ、早いうちに渡しにいきましょう。この季節です、ルシア様も早くお休みならなければ、お風邪でも召されたら大変です」
「あぁ…」

頷いて、気を取り直し自分のプレゼントを抱え上げて、はたと気付く。


ぴたりと立ち止まったまだ少年の域をでない主の息子を、煤を叩き落としたシャルクが不思議そうに見下ろす。
「何か…」

「シャルク、お前はそこのツリーの下に置いておけ」

「はい?」

何を言い出すのだろうか。
いきなり真剣な声で命令口調になった彼に、シャルクは訳が分からない。
自分で言うのもなんだが、吹きすさぶ吹雪の中屋根に上り、必死に煙突を潜り抜け、その上危うく首を切られそうになってココまで来たのだ。
それなのに、サンタクロースの資格を無くせというのだろうか。

「何故でしょう…?ルシア様…」




「サンタは二人もいらない。 セイランのサンタクロースは僕だけで良い




…………そんな横暴な。




しかし、そこは王者になる者の風格。
燃え上がるような紅色の瞳で睨まれれば、勇敢不屈で名高い牙の騎士も、泣く泣く従うほか無いのだ。
悠々と姫の寝室に消える後姿を見送りながら、シャルクは切ない思いで、用意したプレゼントをその他のプレゼントと一緒に並べた。
……せめてこれが、2番目に彼女の手に渡る贈り物になりますように。
合掌。




一方、邪魔者を排除したルシア。

寝室にもぐりこむと、先ほどまでのごたごたとした気配が嘘のような空間。
静かな月明かりに浮かび上がる、天蓋付きの可愛らしいベッドはドレープに包まれて中が見えないが、小さな寝息が聞こえてくる。
続き部屋での一騒動にも関わらず、セイランはよく眠っていたらしい。
クリスマスオーナメントで飾られた部屋を横切り、そっと、なにか神聖なものを覗き込むつもりでドレープをどけていく。

純白の羽布団に包まれて、可愛い妹は熟睡中だった。
銀色の巻き毛がキラキラと月明かりに輝くのは、正しく天使のような寝顔と言うのかも知れない。
その寝顔に微笑んで、静かに白い袋から大きな包みを取り出す。紙の音がしないように慎重に。
それをそっと枕元に置いて、ルシアのサンタクロースとしての役目は終わった。
最後に、そっと秀でた額をなでてやって、その暖かさに何か胸が締め付けられて。

「メリー・クリスマス、セイラン」


どうか安らかに。これからも君が幸せであるように。







翌日は大騒ぎだった。それは二つの意味で。
1つはサンタクロースが来た!と朝からはしゃぎまわる王女に飛びつかれた者達。
そしてもう1つは、いつの間にやら眠っていて、しかも丸一晩記憶が無いという見回りの兵数十名に、兵士団長が雷を落とした騒ぎ。

細工をした蒼の魔女と、彼女に睨まれた竜使いは、少し申し訳ないと思いながらも黙秘。
全身擦り傷を拵えた牙の騎士は、『凄腕の侵入者を秘密裏に処理したらしい』などと他の兵士に噂されながらも苦笑だけを残し。

張本人の王子様は、もちろん知らない顔で、予想通りにはしゃぐ王女と一緒にサンタクロースの訪れを手放しで喜んだとか。



メリー・クリスマス!





○END○










*おまけ*



それから1○年。
クリスマスはまたやってきた。

相変わらず、念を入れてリサーチしたプレゼントを白い袋に、赤い服に赤い帽子を被って、ルシアは今晩もこっそりと、妹の部屋に行く。

変わらないクリスマスツリー、そして置かれたプレゼント。
あの時とは違って、煙突からの侵入者という突然のイベントはないけれど。

静かにドアへと近づいて、そっと開ける。


直後、そのドアノブに強烈な電流。
天井から床へと突き刺さる、無数の矢。
続けざまに足元から天井へ跳ね上がる、網。


ルシアサンタは、全てを華麗に避けた。


「ふむ。今年はまた一段と増えたな…」

だがしかし。
サンタクロースは、良い子のためには、どんな障害をも乗り越えてプレゼントを届けるのだ。



翌日。


「また兄上、私の部屋に勝手に入ったんですね!!!」

普段の口調も忘れて怒鳴り込んできた少女は、どうやらかなりご立腹だ。

「入っていないよ、サンタクロースがプレゼントを届けたんだろう?」

これも毎年のこと、まったく動じないルシアは、幼さのなくなった顔をふっとほころばせて、余裕の笑み。

「またそんな言い訳…!!」

きっと睨むセイランの手に握られているのは、上質な絹で織られた、綺麗なリボン。

一番最初のクリスマスは、小さな彼女では抱きつくより抱き付かれそうな大きな兎の縫いぐるみだった。
けれど、時がたつにつれて、内容は玩具から少女らしい物へと変わっていく。
それは彼女の成長の証。

「サンタのプレゼント、嬉しくなかったかい?」

「………っ」

詰まった少女の顔には、ずるい、と大きく書いてある。
もちろんセイランも昔のような幼い子供ではないし、兄のルシアといえど、以前のように気楽に抱き上げてみたり、手を取り合ってはしゃぐようなことはなくなった。
けれども。

クリスマスの日くらい、あの頃の習慣を無くしたくないのだ。それくらいには、執着させて欲しいのだ。
何時までたっても、たとえ何があっても。
ルシアが彼女の兄であって、彼女がルシアの妹であること、それは変わらないから。

どうか、君が幸せであるように。いつも。


いつも願っているのだから。



○END○




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