Privatterよりサルベージ
タイトルにひねりも何もないうえに、着地点を見失ったおはなし。




メルが参加したばかりのころの話 (タイトル無)






 眠い。






「あ…ここ段差ある。足元気を付けて。」
「ありがとうございます。」

 タータルナから出て今日でまる3日目。
 本当ならタータルナと港町ルクスブルクをつなぐ水路で1日の旅路のはずが、諸々の事情で陸路…徒歩移動になってしまった。
 レイ君もイーザさんも慣れているのか舗装の甘い悪路も特に苦労せずに進んでいる。
 指摘された道の段差を避けて、遅れがちになる足を速めると、

「イーザ、水が少ない。ちょっとそこで汲んできていいー?」
「……。」

 残り少なくなった水の革袋を持ちあげてレイ君が声をあげて、先頭のイーザさんも足を止めた。

「ごめんメル、ここ座って待ってて。…それ、一緒に入れてくる。イーザは?」

 僕のものと、無言で投げられたもう一つの水筒を受け取って、レイ君は道をそれて木立に入って行った。少し降りたところに、道沿いにずっと川が流れているのだ。
 示された倒木に体を預けて一息。重怠さのある米神に触れて軽くもんだ。…完全に気遣われていて、情けなくて小さくため息がこぼれる。

 そんな僕に大体気づいているようなのに、近いような遠いような微妙な距離で休憩の体勢になったイーザさんは、地図を見直しているのか無言だ。
 時折通り抜ける風の音と、かすかな水音と、紙とコンパスのこすれる音。
 実を言うと、レイ君が抜けてしまうと、この人との微妙な距離感はとても掴みにくい。…なかば無理やり同行した手前なんとも言えない雰囲気だ。
 無下にはされていないけれど、一線の内側にも入れてもらえてない、そんな感じ。

「…すみません、度々足を止めさせてしまって。」

 無言に耐え切れずに、大体お互いに察してるだろうと思ったことを切り出した。

 こうして道中に、水を汲むとか、小腹が空いたとか、採りたいものを見つけたとか、レイ君が時々一行の足を止めるのはこれが初めてじゃないのだ。
 最初こそ、足が痛んできたタイミングと重なって幸運だったと休憩に同意していたけれど、定期的に続けば彼が本当にしたいこともわかってしまう。
 大体僕の斜め前にいて歩調も合わせてくれているのだ。イーザさんが時々立ち止まっているくらいペースが落ちているから、本来二人はもう少し早く移動できるんだろうと嫌でもわかる。
 …ルクスブルクまでの道程をどんな風に進めるかあまり話して無いけれど、先頭の彼の計画に狂いが出ている可能性は否めない。

 なるべく迷惑をかけないようにと黙っていても、結局見抜かれてこの現状だ。
 じんと鈍い痛みに再度額に触れる。足は少し休めば戻るけれど、頭痛はそう簡単じゃない。


「…別に。休憩時間ぐらいで大きく変わるものでもない。」


 返ってきた答えは特に何の感情も乗ってなくて、別に優しい言葉を期待したわけじゃないけれど、僕は余計に情けなくて黙り込むしかなかった。




「おまたせー」
「きゃっ…」

 いつのまにかぼんやりと俯いていたのか、突然額に押し付けられた冷たいものに驚いて顔をあげた。
 それがたっぷりの冷たい水を溜めた水筒だとはすぐに気づいたけれど、驚いた僕の反応が面白かったのか明るい笑い声が落ちてくる。

「あはは、そんなに驚くなんて珍しい…!」
「こんな冷たいもの当てられたら、誰でも驚きます…。…ありがとうございます。」

 受け取ると、レイ君はもう一つもイーザさんに投げ返している。レイ君にしては乱暴な所作だなと思ったけれど、先ほど投げられたお返しなのかもしれない。
 それをなんとはなしに見ていて、ひんやりとしたものが触れたせいか、少し頭痛が収まったことに気付いた。
 まだまだ冷たい水筒をもう一度当てたくなったけれど、そんなあからさまな事は出来ずに堪える。…だって、いかにも具合が悪そうに見えてしまう。

「…メル大丈夫? 顔色悪いよ。…眠れてない?」

 でも、僕のそんな虚勢なんてとっくにレイ君に見抜かれているわけで、とうとう言葉にされてしまった。
 言われるくらいなんだからよっぽど酷い顔色なんだろう。情けない…。

「いえ… …慣れないので、少し疲れが溜まっているようです。明日には街でしたよね、それまで持てば、街でゆっくり休みます。」

 折しも、あと一、二刻もすれば夕方になる。傾いてきた日差しで大体を図れば、常ならもうすぐ野営の準備になるはずだった。
 その僕の返答に、少し何か言いたげだった彼は、けれどひょいっと僕の横に置かれていた鞄を手に取って逆の手を差し出してきた。

「わかった。じゃあ、もう少し頑張ろ。 …もうちょっとで野営でしょ?」
「そうだな。」

 後半は旅人の先輩に向かって。
 出された手をありがたく受け取って立ち上がり、代わりに荷物を受け取ろうと手を返したけれど、さりげなく遠いほうの手に持っていかれてしまった。

「あと少しだし。行こ。」

 そのまま歩きだしてしまって、疲れた頭ではあまり上手い返答も思いつかない。
 ありがとうございますと苦い微笑みを返しながら、向こう見ずだった自分を何度目かの反省をし、同時になんとかしなければと内心が焦った。


 同行すると言った以上、迷惑はかけたくない。
 旅に慣れてないのは街を出る前からわかっていたし、知識・体力・その他色々な不安もあったけれど…全て自分で解決すると決めたのだ。
 あの屋敷で殻に籠っていた自分から、変わろうと望んだのだから。

 足が痛いのも二人より疲れが溜まるのも、ただ自分だけが慣れていないから。
 そこは努力で埋めて追いついていくしかない。

 あと少しと唇の端を噛んで、何でもない顔を取り繕って、最後の道を踏み出した。

 




 * * *






 朝。


 朝日と共に起きる習慣の俺は、明るみ始めた周囲にごく自然と目を覚まして、けれどいつもより静かーに毛布を除けた。


 普段なら特に気にせず、毛布から出て体をほぐしたり、周囲の片づけを始めるけれど、今日は特別…ううん、今日からは習慣を変える。
 そうっと隣を覗くと、まだ完全に夢の中にいるのだろう新しい旅の同行者が変わらずに静かな寝息を立てていた。
 寝乱れた金髪の向こうで、昨日さすがにこれは…と声をかけずにはいられなかった顔色の悪さは見えなかった…けれども。


 連日の疲れもあってか、昨夜は夕食を囲んだ後、珍しく俺よりも先にメルは寝てしまった。
 うたた寝の体勢から完全に寝入ってしまったから適度な火の位置まで移動させた後、俺はこそこそと、昼間考えていた提案をイーザに相談した。
 俺の言いたいことも大体察していたらしい彼は、『道中で倒れられたら余計に面倒だ。』と冷たいようなそうでもないような微妙な返事だった。

 けれど、静かに静かに、メルを起こさないように朝の日課の準備をしていると、大体俺の起きるタイミングには起きるイーザも、同じく静かに準備をしてくれている。
 目を合わせると無表情で見返されたけれど、ついつい口元がほころんだ。(それに、やや面倒そうな顔をされる。これもいつも通り。)
 …こういうところ、やっぱり彼は結構『良い人』なのだ。

 そうして、一人を起こさぬように細心の注意を払って寝床を整えた俺は、ちょっと場所を離れてからいつも通り身体を動かす。
 寝起きの身体をほぐしたら、剣を鞘に入れたまま素振り。その後同じく体をほぐしたイーザが相手をしてくれての、護身術を中心にした剣の稽古。
 つまり…ここからはいつも通りの朝。そこは何も変えてない。 変わったのは、





「おはようございます…! どうしてお二人とも起こしてくれなかったんですか…!?」


「おはよう、メル!」
「…起こす義理はないぞ。」

 日課が大体終わった頃に、慌てたようにメルが起きてきた。それはもう初めて見る慌てっぷりだ。
 いつも綺麗に整っている長い髪は寝起きのままであちこち跳ねているし、服も着替えてない。辛うじて包帯は当てているけれど、すごい歪んでて解けそうだ。
 朝、同じくらいに起きてきびきびと朝の準備を整えて、日課に参加はしないから朝食まで上品に見学していた連日とは比べるべくもない。
 …でも、なんだか俺はそれがちょっと嬉しくて、その雰囲気が伝わったのかメルはむっとしたように眉根を寄せた。
 そんな変化も、ここ数日で初めてだ。

「…わざとでしょう。どういう事ですか。説明してください。」
「ええっとね…。」

 どうしよう。
 どう説明しようかと隣を見遣れば、責任持てとばかりにイーザはさっさと野営地に戻って行った。…丸投げだ。
 予想の範囲内だったので、不機嫌さを隠していないメルのそばに、苦笑いで俺は座った。ちょうどいい倒木があってよかった。鞘に納めた剣も傍に立てかける。
 促すとしぶしぶと隣に座ってくれた彼は、それでも納得がいかないのかやや刺々しい。…実はメルが怒るのも大体予想通りだ。

「メルさ、朝、無理に俺達に合わせて起きて寝不足でしょ。だから、今日はゆっくり眠って欲しいなって思って。」

 どう切り出そうか悩んだところで、俺にそんな頭の良い言い回しはできないから、直球で言う事にした。
 それに少し目を見張った後で、メルは気まずそうにそっぽを向いてしまった。

「…無理してませんよ。」

 どういう風に言えば伝わるのかな、認めるのかな。
 横顔がだいぶ顔色がいいから、間違いなく昨日まで無理をしていたのに、多分、察しの良い彼はそう気付かれていることも分かってるのに。

「俺は教会育ちだから朝が早いんだよね。多分、イーザよりもちょっと早い。旅生活には丁度良いみたいだから、そのままなんだけれど…。」

「……僕も慣れてないだけで、すぐ馴染みますよ。」

 やっぱりメルは察しが良い。俺がなんて言いたいのか分かってくれたみたい。
 でも、ちょっと足りない。

「うん、メルがそうしたいのはわかる。…でもちょっと無理してたでしょ?」
「…無理してません。」

 あ、元に戻った。

 俺の言いたいことも、自分の不調もわかってるけれど、認めないんだ。
 …ああ、メルって本質はそういうところのある子だったんだなって、よく言えばプライドが高くて、悪く言えば見栄っ張りなんだって俺は気付いて…思わず噴き出した。だって、外見はあんなに綺麗で上品そうで、大人しそうなのに、中身はなんて気が強いんだろう!って。
 
「…何で笑ってるんですか。」

 盛大に眉をしかめての唇をやや尖らせて。…うん、怒ってる。噴き出した俺が悪いけれどね!
 気を取り直して、不機嫌オーラを増した相手をなだめていく。

「メルがしたいことは大事だけれど、ちょっとずついかない? それに、」

「『それに』?」

「朝少しくらい遅くに起きても俺もイーザも困ってないよ?」

「それは…そうかもしれないですけれど…。」

 それは今さっき証明して見せたので、メルも特に何も言わない。でも、言われた言葉に何か不満顔で、つっかえを外されたような気の抜けた答え。
 顔にはありありと、『欲しい言葉はそうじゃない。』と書いてある。
 だから、ここぞ、と俺は大きく息を吸った。少し気恥ずかしい言葉だと思うから、はっきりしっかり伝えないと。


「それから、」


 よっと気合を入れて立ち上がる。傍らの剣を手に取って、忘れずにもう片手も差し出すんだ。


「メルは友達だから、そのままのメルでいいと思う。 …さっき慌ててたの、本当のメルが見れて嬉しかったんだ。ごめんねびっくりさせて。」


 たぶん、一番伝えなきゃいけないのはここだから、ちゃんと目を見て言いたかったんだ。
 メルの目が見えてないのはわかっているけれど、雰囲気がちゃんと伝わるはず。といっても、彼は『見えている』みたいにちゃんと目を合わせてくれるけれども。
 不機嫌さを湛えていた金茶の目が、やや呆気にとられてこちらを見上げた後に、ややあってばっと再度そらされた。
 出したままやり場のなくなった左手が悲しい。

「…えっと…?」

(あれ、はずした…?)

 大真面目に大事なこととして伝えたつもりだっただけに、今度は俺の方がぽかんとしてしまって固まっていると、コホンとわざとらしい咳払いをされた。

「……わかりました。あまり無理して心配かけるようなことは…改めますね…。 …朝食、そろそろ戻りましょう…。」

 メルらしくない顔をそらしての言葉に、やっぱり何かおかしかったのかと心配になってきたけれど、乱れたままの金髪から除いた小さい耳が真っ赤だったから、ようやく状況が呑み込めた。…で、なんだか俺も気恥ずかしくなってきた。
 これはもう、雰囲気が伝染したんだ…しかたないよね…!?






「……何やってるんだ。」

 時間がかかったせいか、様子見に戻ってくれたらしいイーザがかなり眇めた目で、完全に冷めて呆れた声で珍しく突っ込んでくれて、
 …俺は不自然なまま差し出した手をようやく引っ込めた。

 大事なことを真面目に話していたはずなのに、なんでかかっこ悪くなってしまったけれど、無事伝わったと祈りたい…。






 * * *





「レイ君は… 時々、なんだか恥ずかしいものの言い方をしますよね…。真正面から言われると、困ります。」

「教会でかぶれて過ごした悪影響だな。」


 道中、再び言い訳を付けて休憩時間を作ってくれた人を見送って、なんとなく呟いた言葉に、意外にも間をおかず返されたことで、

 なんだか初めて、彼と同じ気持ちを共有した気がしたのは…言うまでもない。

−END -

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